In mother's will TOP

04.


会議室でのミーティングが始まってすでに一時間。十数人が机に座り、淡々と示される事項を眺めていた。 薄暗い部屋の中、スクリーン上にデータが表示されている。

その前に立ち、資料を読み上げるのはケイン先輩。さすがに風格がある。 彼とスクリーンを囲むように机が配置され、俺はそこに座りながら、彼の話に耳を傾けていた。

「そもそもだ。このマザーウィルの真髄を、あの長距離砲だと言うのがそもそも問題なんだ」

本来なら、会合はもう終わっている。肝心の資料はもう手元にある。 膨大な数の輸送物資が届く。資料にはそう書かれているのだ。 各自で目を通すように皆に指示し、その補足を自らで行えば、彼の役目も問題なく終わる、はずだった。

「実にわかっちゃいない。まあ敵への迎撃があの長距離砲で事足りている現状のせいでもあるんだが」

だが、彼はその資料内容に不満を漏らした。

「その点、このミサイルランチャーの増設は素晴らしい案だと俺は思う。ようやく上にもわかる奴が出てきたって感じだな」

隣の席の男が欠伸を噛み殺していた。後ろに座っている連中もおそらく同じ境遇だろう。 自論を陶酔しながら展開している彼には、わかるはずもないことだが。

もちろん俺もそのうちの一人。溜まりに溜まった疲労、そして猛烈な眠気が、この瞬間にも俺を苦しめている。 慣れない旅行に、足りない睡眠時間。実家でも満足に過ごすことができなかった。

妹のお小言を嫌というほど聞かされるはずが、今の俺はこうして職務先のマザーウィルに舞い戻っている。 時間を忘れて布団に転がり、妹の怒声で叩き起こされる。そんな夢想はもうどこにも存在しない。

あの緊急招集さえなければ。つくづくそう思う。あれが全ての不幸の始まりだ。 先輩の家でのひとときをそれなり以上に満喫した俺の下に、突然届いたその一報。 その文面を視界に入れた瞬間、俺は持っていた端末を握りつぶしそうになった。

実家へと至る便ではなく、地上行きの便に乗った。 その中で妹に詫びの電話を入れ、俺の休暇はそうして終わった。

旅の疲れを癒す暇もなく、マザーウィルへと戻ってきた俺は、重い身体を引きずりながらも通常業務に戻った。 が、何かがおかしかった。休暇すら取り消すほどの召集があったというのに、どういうわけか、誰もその内容を知らないというのだ。 加えて、職場には妙な雰囲気が漂っていた。俺が発つ以前にはなかったものだった。

次の日、先輩が俺と同じように呼び戻されてきた。彼もまた表情に若干の疲労の色を滲ませていた。 彼はそのまま上官の下に向かった。そして戻ってくるや否や、彼は従業員を集めると、この会合を始めた。

「おい、そこっ!」

薄闇の部屋に雷鳴のような怒号が飛ぶ。思考が途切れ、俺の意識も強制的に戻ってくる。 部屋の中に緊張が走り、椅子に座っていたもの全員が、反射的に姿勢を正した。

ケイン先輩の視線がこちらを向いていないことを確認し、俺は胸を撫で下ろす。 そのまま机に突っ伏しながら目を閉じた。これで眠れる。今なら誰も俺のことなど見てはいまい。

「俺の話がつまらないようだな?」
「い、いえ、そんなつもりは……」

聴覚だけで、俺は事情を飲み込む。先輩に怒鳴られたのはどうやらニールのようだ。 完璧だ。猛烈に疲れている俺にしてみれば、この状況は実に好都合である。

「確かにつまらん。俺も眠い」
「え?」

が、どうやらそうもいかないようだった。 嵐が吹き荒れるかと思えば、どうにも風向きがおかしい。

「会議は一時間半。最初からそう決められているんだ。本当ならこんなもん十分で終わらしたいところなんだがな」

単調でとにかく眠いそんな説明でも、命令とあれば聞かねばならないのが、俺たち下っ端の辛いところでもある。 そんな俺たちを一切省みようとしない上官を、俺は何人も知っている。 ただ眠いだけの報告を延々と繰り返す彼ら。彼らの目には俺たちの苦悶の表情などは映らない。

「隠れてやるなら構わん。けど、一応の形ってもんがあるだろ。眠いのはわかるが、それでも気を抜きすぎるのはよくない」

そんな彼らに比べれば先輩の演説など大したものではない。 どちらの話も欠点しかないが、それでもこちらの身を案じてくれる彼のほうが、まだマシだった。

「次からは気をつけろ」
「は、はい!」

ニールのかしこまった返事の裏で、俺は一人苛立っていた。今ばかりは先輩の配慮が憎かった。 せっかく眠れると思っていたのに、彼の余計な気づかいがそれを台無しにした。本当にたまったものではない。

「それはいいとしてだ」

もういい。欲望にしたがって俺は伏せた顔を上げず、そのまま思考さえも止めようとした。が、

「おい、カイル!」

自分の名前が、突然部屋内に響きわたっていた。

「……はい?」

わけもわからないまま俺は顔を上げる。仁王立ちしている先輩の姿が目に焼きついた。

「お前、今寝てただろ?」

眉を吊り上げた先輩が座っている俺を睥睨しながら言う。その言葉は酷く冷たく感じられた。 さっきと態度がまるで違う。

「いえいえ、目を閉じてただけです」
「嘘つけ」
「まあ確かに、寝ていないといえば嘘にはなります。目は閉じていましたから。でも、それが寝ていたってことになるんですか?」

俺が真っ正直に謝るような人間ではないことは、先輩だってわかっている。 こうして屁理屈を並べ立てるのも、すでに予期されていたことだろう。

「なるほど、それならいい」

彼はそこで顔の緊張を解いた。だが俺は身構えるのをやめない。 こんなことで納得するほど、先輩は優しくはない。

「ではカイル君。今話したプランだが、是非君の意見を聞かせてほしい」
「は?」

そして唐突に彼は俺に告げてくる。

「は? ではないよ。寝ていないのなら答えられるはずだが?」

微笑をたずさえながら、彼は優しい口調で告げてくる。 俺は彼のそんな微笑みに、おぞましさしか感じなかった。

「さあ、何をしている。さっさと言いたまえ」
「ちょっと待ってくださいよ。どうして、俺なんですか?」
「決まってるじゃないか。君が期待の星だからだよ」

事実、俺は予想は正しかった。一見、慈愛に満ちているかのような先輩の表情。 だが、俺には彼の本音が簡単にわかる。

「余裕こいて眠りやがって、このくそ生意気な後輩が。さっさと頭を下げて恥をかけ」

彼の視線は、俺と目が合ったときから、そう語り続けている。 舐められている。俺が泣いて許しを請うとでも思っているのだろうか。 その視線を直に受け止めながら、煩わしい気分のまま口を開いた。

「……第一甲板での物資受け取りは承諾できません」
「ふん」

先輩の眉がぴくりと動いた。無視して俺は続ける。

「あそこは昼時になると軍の連中がたむろして作業の妨げになります。いくら到着が朝だとはいっても、これだけの量ですから、全部を仕分けるのには丸一日はかかるでしょう」
「だが受け取り先を第二甲板とした場合、その後の運搬作業に影響が出る」

周囲からかすかに驚きの声が上がった。どうやら俺は本当に怠けていると思われていたらしい。 心外だと思う感情を差し置いて、俺は間髪入れずに突っ込んできた先輩を見上げた。

彼は一体俺に何を言わせたいのだろうか。 今回の仕事内容に違和感を覚えたのは、事前に配られていた資料を見たときからだ。

俺が違和感を覚えることなど、先輩ならすぐに気づくだろう。 俺に恥をかかせるという狙い自体が、そもそも無意味なのだ。

彼が俺に何を期待しているのか、それがなんとなくだが俺にもわかってきた。

「それは正規のルートを通る場合でしょう」

椅子に腰掛けたまま、俺は先輩を見上げ続ける。

「今回の品なら、上手く立ち回れば第二階層までなら通過可能なはずです。あそこを通り抜けられれば、迂回は避けられます」
「無茶を言うな」

論外だと言わんばかりに先輩は俺の提案を制してきた。無理もない。 第二階層といえば、主に軍人の居住区やら地上、白兵戦用の武器庫などが固められた区画である。 俺たちが住まう第三層とは明らかに隔絶した世界がそこにはあり、通常、俺たちのような民間人は入ることさえ許されない。

「そこは先輩の出番ですよ」

それを承知の上で俺は続けた。

「先輩は、上層部のティンバー大佐と親交が深いと聞いています。それに大佐といえば、部下からの信頼が厚いことでも有名です。毎月のアレだって、彼が後押ししているからこそ成り立っているわけですし」

ここぞとばかりに、にやりと笑みを浮かべて先輩に目をやった。

「で、交渉していただけますよね、先輩?」

数秒ほどの沈黙ののちに、彼は言う。

「できなくもないが、そこまでしないといけないのか?」
「ええ、絶対に」

はっきりとうなずく。

「今日は第一甲板で大事な試合がありますから。彼らの邪魔をするわけにはいきません」

軍人たちによるボクシング。艦内で唯一とも言っていい娯楽だ。 腕っ節に自信のある軍人たちが己の拳のみで強さを競い合う。繰り広げられる展開は常に白熱する。

甲板に特設のリングを設け、一ヶ月に一回の割合で行われるこの行事も今回で三十四回目。 艦内では現王者を誰が倒すかで話題で持ちきりだ。無敗で王者に君臨し、その後、怒涛の九連覇を成し遂げた怪物。 そんな絶対王者の姿を拝もうとする輩は後を絶たない。もちろんチケットの入手も困難この上ない。

そして今日はその王者の十連覇がかかった大事な試合の日。 先輩も、そして俺ももちろんこのことを知っている。

「……ちなみに、誰に賭けた?」

先輩が聞いてくる。その顔は妙に真剣だった。

「チャンピオンに五十ですけど」
「あー、それじゃ不合格」
「は?」

何が不合格なのか、さっぱりわからない。

「惜しいな。最後の最後で詰めの手をしくじった」

先輩は俺を見て笑っていた。

「どういうことですか?」

そう聞いてみる。俺はきちんと望む答えを出したはず。 それを示したはずなのに、この人はまだ不満と言うのだろうか。

「さてね。自分で考えろ」

穏やかな視線を向けながら、彼は俺の質問を受け流すと、元いた場所に戻った。

「というわけで、俺は今から受け取り先を変えるよう交渉してくる。お前らはここにいない連中にその旨を伝えろ。そのあとは第二甲板に集まっとけ」

彼は消してあった電灯をつけ、部屋に光を戻す。 それに合わせて、部屋にいた皆が立ち上がる。つられて俺も立ち上がった。 そのまま彼の元に向かう。

「あの、先輩。大丈夫なんですよね?」
「余裕だよ。あいつもそのくらい許してくれるだろう」

最後の確認にも、彼は自信たっぷりに答えた。

「今日はベルトが奪われる日だ。そんな記念日を邪魔する馬鹿はここにはいないよ」

そう言い残し、彼は部屋から出て行った。どうやら彼は、また俺の思考の先を歩いていたようだ。 彼の思惑を何一つ読みきれなかった俺は、深い溜め息を吐きながら他の皆と一緒に部屋を出た。



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