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09.


甲板から無数の火線が伸びる。垂直発射装置から飛び出る無数のミサイル。 ノーマルが放つバズーカ砲に、艦載機からの機銃掃射。迎撃用の近接火器が唸りを上げて弾丸を空に吐き出していく。

狙いは全て同じ対象に向けられている。 連結を解かれ、バラバラに飛散していくVOBをよそに、分離を果たした純白の機体――ホワイト・グリント。 備え付けられたすべての火器が、そのネクストに牙を向いていた。

だがその牙は機体まで届かない。ホワイト・グリントの周囲に漂う薄緑の皮膜――プライマルアーマーが、それを阻んでいた。 球状に輝くコジマ粒子の盾が、触れた弾丸を受け止め破砕する。目視できるほどの輝きに守られたネクスト。 その手に握られているのは二挺のライフル。そのの銃口は甲板に展開するノーマルに向けられていた。

空中からライフルの掃射が始まる。射程内に入っていた二機のノーマルが成す術もなく銃弾の雨に沈んだ。 反撃とばかりに、すかさず浴びせかけられる銃弾の嵐。だが、そこにはもうホワイト・グリントはいない。 猛烈な弾幕が機体の残像に叩き込まれ虚空へと消えた。

クイックブースト。プライマルアーマーと並び、ネクストをネクストたらしめている加速機関。 毎分何千発と吐き出る迎撃機銃も、絶えず音速に近い速度を叩き出すネクストは捉えらない。 乱射されるミサイルの雨も同様の末路を辿っていた。

それでも、マザーウィルは悲鳴すら上げない。馬鹿げた巨体に詰め込んだ物量が、 吹き出る火力をさらに後押しする。そして迎撃がより一層密度を増した。

ミサイルを回避するホワイト・グリント。だが回避した先にも、新たなミサイルが待ち受けていた。 真正面からそれを受け止める白の機体。コジマ粒子の濃度が高まり、ミサイルの衝撃を緩和する。 そのコジマ粒子の大量使用ゆえか、爆風の中から姿を見せたホワイト・グリントからはプライマルアーマーが視認できない。

それを好機と見たか、ノーマル部隊が空中に佇む敵に対して猛烈な火線を浴びせる。 何発かが命中し、鮮やかな白の装甲に荒々しい銃創が刻まれた。

ホワイト・グリントはそこで急激に高度を下げる。 両手のライフルで周囲のノーマルやミサイルサイロを破壊しながら降下する。 それでも敵の速度が緩む様子はなかった。むしろ加速すらしていた。

甲板に着地したホワイト・グリントは、加速していた勢いそのままに甲板を滑る。 その隙を逃すまいと無数のノーマルが銃口を向けた。 だが遅かった。ホワイト・グリントはすでにこの展開を読んでいたのか、 水平に握られたライフルを容赦なく乱射し、展開するノーマルを手当たり次第に薙ぎ倒していく。

ホワイト・グリントが大きくバランスを崩したのはそのときだった。




青白い室内で、悲鳴に似た絶叫があちこちであがる。 状況が逼迫しているのは誰の目にも明らかだった。

亜音速で移動する敵を捉えられない。一方的にこちらの戦力だけが削り取られる。 もどかしさと焦りはどうすることもできない。

「被害状況を知らせ」

顔に滲み出ていた焦燥を隠しながら、トーマスが報告を求める。

「第三ブロックで火災発生。消化班と救護班の要請が」

オペレーターの一人が視線をディスプレイに向けたまま叫んでいる。

「火災だと? あそこは発射口を潰されただけではなかったのか」
「いえ、それが……」

士官の一人がぎょっとした表情で確認する。 だが、事実だけを忠実に伝えたオペレーターに情報の真偽などわかるわけもない。

「すぐに送ると伝えろ。ダメージコントロールは?」

まさか、とトーマスの心の一縷の不安が過ぎった。 だが余計な思考をしている暇はない。彼らの言葉に重ねるように彼は指令を飛ばした。

「すでに周囲の隔壁を封鎖。他ブロックへの影響は今のところありません」

別のオペレーターが言う。 その報告を聞いたトーマスはすぐさまそこからの意識を外し、別の被害状況に耳を傾けて再び声を荒げた。

大量のノーマルを相手にしても、ホワイト・グリントは屈する気配がない。 甲板上に降り立ち、そこを舞台として踊り狂っている。 二本の腕を広げながら、鮮やかに旋回し銃弾を放っている。取り囲んでいたノーマルは、その攻防の合間にほとんどが爆散していた。

映像を見ながら、トーマスはその圧倒的な力に歯を噛み締める。 その瞬間、一発の銃弾がホワイト・グリントの胸部装甲を吹き飛ばした。 命中させたのは艦橋上部に展開していた狙撃部隊だ。 大口径のスナイパーライフルが薄まっていたプライマルアーマーを貫通し、ホワイト・グリントを甲板から引き剥がす。

「よし!」

歓声が上がる。ようやく成し得た反撃。張り詰めていたクルーの表情に生気が戻ってくる。 衝撃で敵の手からライフルが落ちた。ノーマルからの銃撃がネクスト目掛けて集約される。

「油断するな。そのまま続けろ」

すかさずトーマスは声を響かせ、歓声を上げる場を引き締めた。ここが正念場だ。 敵はホワイト・グリント。ここで終わるような相手ではない。

そう確信した瞬間、空中に投げ出されたホワイト・グリントが失った制御を取り戻そうとする。 ホワイト・グリントは、自身を穿とうとする一機の戦闘ヘリの胴体を掴んだ。 強烈すぎる力が、ヘリを真っ二つに引き裂く。揚力を失い、墜落していくヘリの傍らで、ホワイト・グリントはそしてバランスを取り戻した。

「ホワイト・グリント。地上に着地!」

重力に逆らうことなく、ホワイト・グリントは荒廃した市街跡に降り立つ。 廃ビルに囲まれた道に旋回しながら着地したホワイト・グリント。

着地の勢いを殺しきれなかったのか、ネクストは地面を抉りながら減速を試みているようだった。 ビルの一角に腕を突き込んだところで、ホワイト・グリントはようやく停止した。

鮮やかな純白はもうそこにはなく生々しい傷跡が目立っている。 全身に備えられたハッチが開いていた。廃熱か、それとも不足したコジマ粒子を放出しているのか。

「艦長」
「ああ、わかっている。主砲発射準備だ。街ごと吹き飛ばすつもりで撃て」

無論、そんな暇など与えてやる筈もない。 残存するノーマル部隊も地上へと降り、艦載機が上空からネクストを捉える。 武装のほとんどを失ったホワイト・グリントは動かない。

ただじっとこちらを睨みつけているようにも見える。それが不気味だった。 ズームになったネクストを見てトーマスは思う。

次の行動は何だ。ブルーのセンサーアイを見つめて彼は問う。 瞬間、そのセンサーアイに装甲が被さった。

「まずい……」

背筋が凍りついた。

「オペレーター! 地上部隊を下がらせ――」

咄嗟に叫んだが遅かった。 トーマスの叫びはホワイト・グリントから放たれたまばゆい閃光に掻き消されていた。 ほんの一瞬のことだった。濃いコジマ粒子がネクストを包み込み、そして弾けた。

コジマ粒子が活性化し、膨大なエネルギーが衝撃波となって広がった。 発生した烈風が地面やビルを粉砕し、そこにあった廃車や残骸などを吹き飛ばす。

展開していた地上のノーマルや、上空の艦載機にもその衝撃は襲い掛かり、 目が眩むほどの強烈な光とともに、その光に触れた彼らは、例外なく全身を切り刻まれて地に落ちた。

猛烈な振動がCICにも伝わる。衝撃はマザーウィルの巨体をも揺るがせていた。 半球状に拡散するコジマ粒子。迸る燐光がディスプレイを見ていたクルーの視界を奪う。

「怯むな! 主砲を発射しろ!」

トーマスがその光にも怯むことなく吼えた。 砲塔が傾き、光の中に狙いをつける。三発の砲弾が轟音を響かせ、地上に叩きつけられた。

膨大な土砂と粉塵が吹き上がり、爆風と黒煙が発光するコジマ粒子を吹き飛ばす。 立ち込めている煙が晴れ、ズタズタにされた大地があらわになった。 立ち並んでいた廃ビルは、立て続けに発生した二つの衝撃によってもはや跡形もない。 だが、そこにホワイト・グリントの姿はなかった。

「ホワイト・グリントを確認!」

その絶叫がトーマスの鼓膜を叩く。まだ動けるのか。 こちらは先ほどの混乱から、まだ立ち直っていない。 絶え間ない状況変化に、思考が追いついていなかった。

「位置は?」
「それが……」

信じられないといった表情でオペレーターがトーマスを見た。

「この艦の真下です!」
「何?」
「後ろから逃げるつもりか」

クルーが口々に言う。

「主砲を回頭させろ。絶対に逃がすな」

時間稼ぎだ。トーマスは思った。 主砲の旋回には時間がかかる。その合間に逃げようというのだ。

そうはいかない。勝ち逃げなど絶対に許さない。 マザーウィルの足元を潜り抜けたホワイト・グリントは左腕を失っていた。

肘から先を消失していながらも、ネクストはOBを展開。 背中に設置された推進装置から、ブースターの噴射光が幾重にも伸びている。

追撃のミサイルが、その背部目掛けて突き進む。 接近を察知したのか、ホワイト・グリントはクイックブーストで、それを回避した。

十キロ、二十キロ。徐々にマザーウィルとの距離が離れていく。 そこで、ようやく主砲の旋回が完了した。 照準がホワイト・グリントに向けられる。

逃げられるものなら、逃げてみろ。根競べだ。 いくらでも逃げろ。主砲の射程は二百キロもある。一発でも被弾すれば、お前の命はない。

「か、艦長! 第十ブロックでも火災が発生。火の勢いを抑えられません!」

しかし、悲鳴のような声が聞こえ、トーマスの意識がホワイト・グリントから離れる。

「どういうことだ?」
「原因はわかりません。ですが、火の回りが予想以上に早いんです。このままではメインシャフトにも被害が及びます!」

心が揺れた。予想以上の被害だ。報告を受けた限りでは、そこまで悪化するような被害ではなかったはず。 報告が事実であるならば、今すぐにでも処置を施さねばならない。それはつまり、仕留められるはずの敵を見逃すということに他ならない。

「……やってくれる」

そこまで読んでいたのか。離脱を続ける背中をトーマスは睨みつけた。 こうなることを、奴は最初から知っていたとでも言うのか。

「全軍攻撃中止だ」
「見過ごすのですか!」

抗議の声が上がる。当然だ。トーマスもできるかぎりなら、あのネクストを撃墜したい。 積年の恨みを晴らしたかった。しかし、今は何より乗組員の安全確保が最優先。

「全部署へ。こちら艦長。現時刻を持って状況を終了する。各自の被害状況を大至急知らせよ」

マイクを掴み、努めて冷静に声を吹き込んでいく。 批判、恨み、疑念。それらすべてを受け止める覚悟をした上で、トーマスは命令を下した。

「ダメージコントロールは密に。被害の少ない部署からも応援を回すようにしてやれ」
「了解しました」

真っ先に応じたのはティンバーだった。 彼は何も言わずに、オペレーターの一人に張り付いて迅速に指示を飛ばし始める。 それを見た他の士官も、ようやく気持ちを切り替えたのか、彼の行動に続いた。

「か、艦長……」

不意に呼び止められた。トーマスが声の方向を見る。 一人の通信士が複雑な顔で彼を見ていた。

「どうした?」
「それが、艦長と直接話したいという奴がいまして……」
「私に?」
「ええ、それが少し問題が。ひとまず音声を出します」

コンソールを操作し、通信をスピーカーに繋げる。

『おい、こら。艦長はまだか! いい加減にしねえと、マジでぶっ飛ばすぞ!』
「……これは何だね?」
「ええ。さっきからずっとこんな調子で『艦長を出せ』の一点張りでして」

スピーカーを奮わせる絶叫。CICに流れる微妙な空気。 誰もがその声に唖然としている。

「艦長、まずは私が……」

ティンバーが申し訳なさそうに名乗りを上げる。

「ケイン、これは何の真似だ?」

彼は自らでマイクを手に取り声を吹き込んだ。

『おお? その声はティンバーか。ってことは艦長もすぐ近くにいるな』

マイクから口を離し「申し訳ありません」と謝罪の視線を送るティンバー。 受け取ったトーマスは、そこでマイクの先の男が誰なのかを知る。

「私が艦長だが。何の用かな、いつぞやの配達屋さん?」

ケインという名をトーマスはしっかりと覚えていた。 あきれるくらいに愚直で、自分のことなど一切省みようとはしないあの男だ。

『ああ、艦長か。やっと出てくれたな。頼む、今すぐ十二番ブロックに人を寄越してくれ。俺たちだけじゃ手に負えん』

彼に見た印象とはまるで違う。今の彼の口調は必死そのものだ。

『ちょ、ちょっと先輩! いい加減にしてください。何なんですか、その言葉遣いは!? 艦長ですよ、艦長! 敬語も使えないんですか、あんたは!』

新たな声が覆いかぶさる。彼に負けず劣らずの絶叫だった。

『お前は黙ってろ、カイル! 今はそれどころじゃねえ!』
『救援なんて来るわけないじゃないですか! ほら、こんなことしてないで先輩もバケツを持って!』

口喧嘩がそこから始まった。スピーカーから垂れ流される罵詈雑言のぶつけ合いに、CICにいたクルーは呆然とするしかない。

「……そちらの状況は?」

軽く咳払いをし、トーマスは再び口を開いた。

『あー、えーとだな。はっきり言うが、最悪だ』
「最悪、とは?」

電話越しで顔をしかめる。

『ミサイルが誘爆したみたいでな、周りは火の海だ』
「誘爆、だと?」

誰かが呟いていた。先の報告でも似たような被害が出ていた。 出火した原因は明らかとなった。しかし、ありえない。 搭載されていたミサイルが爆発したところで、それが内部に伝播するわけがないのだ。

「すまない、ケイン君。詳しいことを教えてくれないか?」

一つの考えが浮かび、その内容にトーマスはぞっとした。これが事実なら大変なことになる。 どうか間違っていて欲しい。自分の中にある一つの結論を隠したまま、トーマスはケインに疑問を投げかけていた。



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