ARMORED CORE Stay Alive TOP

03.


「レイヴン、状況はかなり悪い。君にもそろそろ動いてもらう」

女性特有の高音、そして状況の進展だけを淡々と述べるだけの感情の篭っていない声。
単純に決まりきった動作としか見ていない事が、微かに聞くだけで容易に判断できたが、 声が向けられた先に居るユエルにはその時、愚痴一つこぼす余裕すら無く、彼の耳から入った音は音声として変換されずに、 反対の耳に飛び出すだけに終わった。

「レイヴン……聞こえているのか?」

応答が無い事を不審に思ったのだろう。先程の無機質な言動とは違い、今度は僅かながら感情の揺らぎが感じ取られた。
目の前の端末を何百回と叩き続け、表示している画面一杯に広がる本日何回目かの『ERROR』の文字が、再び前面に現れた事に、 「くそっ!」と吐き捨て、同時に諦めの境地に達し、細々と溜め息をついていたユエルは、今度は運良くそれに反応する事ができた。

「あぁ、聞こえてるよ。で、どうなってるって?」
「――かなり状況は芳しくない。先程の交渉でも彼らは動じる気配を全く見せなかったようだ。あくまで自分達の要求を貫こうとしている。今、最後の交渉が進められてはいるが、恐らく結果は変わらないだろう。残念だが最悪のケースだ。その点を留意し次の指示を待て。以上だ」

なるべく分かり易く手短に、そんな表現が似合う完璧に整理された状況説明に、ユエルは思わず表情を弛緩させる。
スピーカー越しの女オペレーターが、これほど喋ったのをこの任務を請負って以来、初めて聞いた事に驚いたというのが理由なのだが、 話をろくに聞いていない自分に対して苛立ちを感じたこの女オペレーターが、再び聞き返される事を避けるための言動である事は明らかだった。
恐らく次の交信、即ち出撃の命令を下す時以外、彼女は一切の応答を返しては来ないだろう。
多弁を嫌い、かなりの確率で仕事絶対主義。そう女を位置付けたユエルは「了解」と、冗談一つ吐くこと無くそれに応じ、交信を絶った。

「……最悪だ、こりゃ」

既に聞く者も存在しなくなった暗いコクピットの中で、ユエルは今最も口に出したい事を、盛大な溜め息と共に漏らす。
最悪――状況はもはやその程度の表現では収拾がつかなくなっている。


内容としては酷く単純であった。とある工業地帯でテロリストが施設を占拠し立て篭もったという、一日に数回は起こりそうな事象。
交渉する間は待機し、状況が進展しないのであれば後始末を――。長過ぎる依頼文を簡潔にまとめるとそういう事で、 なにより待機するだけでも報酬は払う、という最後の文面にユエルは惹かれた。


ろくに考えず依頼を受諾し、ラスティがいつの間にか用意したAC<アダナキエル>に乗り込んだところまでは良かったのだが、 しかし、現場までの移送の間、アリーナでの大敗で溜まった疲れを癒す事無く、そのACの調整の為にコクピットに篭って その性能を一瞥した瞬間、彼は眼が勢い余って飛び出すようなくらいの衝撃をその画面内に見た。


状況を最悪以上のものへと昇華させた原因――ラスティの用意した銀色のAC――アダナキエルは、 あまりに常軌を逸した物であるにも関わらず、その外装は、まさに何処にでもあるような只のACでしかなかったのだ。
何も知らず動かしていたら……。考えただけでも寒気が走る。


細身の頭身に航空機を思わせる突き出たコア、無駄な厚みがほとんど無い引き締まった二本足の脚部。
肩の部分が広がった腕部は実に端整で、人で言えば小柄な部類に入る全体像を大きく見せるのに一役買っている。


数あるACの中では間違いなく貧弱の部類に入るそれは、明らかに機動性を武器とするコンセプトの元に設計されていた。
だからなのか、装着された武装はいずれもその機動性を殺さぬ様、必要最低限を維持しただけとしか思えず、 本来ユエルの駆るACにも握られている標準的なライフルに、全ブレード中最大の刀身を誇る細身のブレードが心許なく装着され、 肩に至っては保険としか言い様がない小型ロケットランチャーと皮肉なまでに高性能なレーダーが搭載されていた。


だが実際、ユエルを驚愕に陥れたのはそんな些細な事では無い。初めてその姿を見た彼もあまりの貧弱さに面食らったのは確かだが、 たとえ武装が貧弱であれ今回のような任務ではいくら強力な武装も意味を持たない。
相手はMTがせいぜい十機程度。多少数は前後するだろうが、大体の枠は外れていないだろう。
それだけを相手にするなら、言ってしまえばこの武装でも十分だ。


仮にACが出てくるのであるなら話は大いに変わってくるが、依頼文からその背景は読み取れない。
ならば対処は十分可能。任務を果たせる自信はその点だけでは有り余るほどあった。
だがそれも束の間の一時で、決して表に現れない内部構造、即ちACの全てを司るシステムに予め設定されていた、 異常としか言い様がないスペックを見るまでの短い生涯だった。


反応速度、FCSの捕捉能力、反動の緩和など挙げればきりがないが、その数値は全てにおいて通常のそれを遥かに上回るもので、 現時点、最強の兵器と呼べる“AC”という枠組みすら超えてしまう程の性能を叩き出していた。
だがそれを感謝する意識はユエルの何処にも存在していない。


確かに性能だけ見れば、これほど心強いものは無い。しかし、それはその数値が生み出すパイロットに掛かる負荷を無視しての話。
当然、人に掛かる衝撃は尋常なものではない筈だ。つまりラスティはそれを承知で自分をこのACに乗せた事になる。
扱ってみせろ、ユエルには画面に写る数値は、さながらその奥でほくそ笑むラスティがそう命令しているように見えた。


「ほんと、最悪だ」


初めのうちは全身から嵌められたという後悔と、再び理不尽極まりない状況へ放りだされた事に対する怒りが溢れ出しもしたが、 しかし今はその感情も何処かに消えうせ、やるしかないと言う意志だけがユエルの心を支配している。
システムを書き換えようとはしたものの、そこには厳重なプロテクトが掛けられており、解除しようと様々な手で突破を試みたが、 それら全てが失敗に終わったという事実がまず理由として挙げられる。だがそれとは根本的に異なる真の理由がまだ彼の内に潜んでいた。


操縦桿を握っている手の震えが止まらない。にも関わらず、それに気づいていない自分がいたのだ。
既に身体に循環しきった“あの物質”が麻酔の如く自らに作用し、恐怖という感情そのものを中和させ、 恐怖という感覚すら失わせているのだろうか。


ならば、この余計な思考も、もう後どれくらい続けられるか分からない。後数分もすれば自分の心は完全に消えてしまう。
防ぐ手段は無い。生き延びる、と誓ったあの瞬間から、これがその唯一の手段として定められてしまったから。
誓いが誓約となりそして最後には掟となった。だから否定はできない。
過去、そしてこれからの未来を否定することなど許されない。絶対に、許されてはならないのだ。


だから自分はこの感覚に自身の全てを託している。生きる為に、死から逃れる為に。
他の手段は知らない。ならばこれに縋るしかないのだ。誰かがこの方法しかない、と囁くならば、従うしかない。 その為には、たとえ不可能と言われるものでも扱ってみせる、否、扱わなければならないのだ。
そして任務を完遂する。邪魔する奴は全て、殺す――。


「レイヴン、残念だが君の出番のようだ。施設内に存在する勢力を残らず排除してくれ」
「……了解」


不意にそう告げられたユエルは思考を途中で止め、既に予期していた現実に臆する事なく応える。
だが、その口調は酷く暗いものとなっていた。単純で騙されやすく、それでも持ち前の明るさを決して失わない“彼”は舞台から退場し、 今、その代わりとして存在するのは、任務を果たすという意志を孕んだ眼だけが凛と輝き、それ以外の全ての感情を抹消したレイヴン。


同時にこの瞬間まで出番を待ち続けていた彼自身とそしてその手足となるこの銀色のACの戦闘回路が、 敵を屠れる事に歓喜しているかの如く咆哮を上げ始める。


素早く現在位置と目標地点の座標を、ディスプレイに映し出される映像から割り出し、その最短経路を確認すると、 彼はその一点をだけを見据えて、機体を加速させるためにペダルを踏み込んだ。
通常とは比べ物にならぬ速度は、ほんの僅かな距離にも関わらず瞬間的に最高速度に達し、 その軽い足取りは見る見るうちに目標との距離を縮めていく。


生み出された反動が織りなす圧力は、確かに身体を激しく締めつけたが、彼にしてみれば、まだそれは許容の範囲内。
そして全てが正常に起動した事を無機質なAIが淡々と告げる。問題は無い、ユエルはそれを確認すると事の始まりを、 静かに、だが明確に、自らの意思をその言葉に込めて宣言した。


「これより任務を開始する」






しんと静まり返った室内は、外気温との差は殆ど無いにもかかわらず冷えきり、まるで極寒の中に居るかの如く男の肌を容赦なく突き刺した。
だが無論そんな事は無い。計器は人間が過ごすのには最適な温度を示しているし、今は冬でもない。
単に男がそう感じているだけ。だがこの状況を考慮に入れれば、そう感じるのも無理な話ではなかった。


建造物の中とはいえ、ACでも縦横無尽に駆ける事ができるほどの広大な空間に、 ぽつんと三機のMTが物寂しく佇んでいる。だがその外界とはうって変わって、コクピットはひどく狭い。


息が詰まるほどの閉塞感、視界に写るは華の無い不気味な灰色の壁、そして緊張が生み出す絶え間ない心筋の鼓動。
誰でも生死の狭間に立てばありもしない幻覚を感じるのは至極当然の事だろう。
それはまだ人である証であり、今を生きていると言う事に他ならないのだから。





嵐の前の静けさ、この状況は正にこの表現が相応しい。恐怖すら感じる程の静寂の中、 男は彼が今乗っているMTが正常に起動するのかを確認する為、計器のチェックに余念が無かった。
既に数回を数えるその行動は、先程から同じ解答しか示してくれない。オールグリーン、戦闘準備完了、その一点張りだ。


分かってはいるのだが、男はどうしてもその行動を止める事はできなかった。止めてしまえば襲われる。
死への恐怖、逃げ出したい衝動、緊張、そして戦闘という概念がもたらす昂揚感。それらが腕を止めた瞬間に頭をよぎってしまう。
それは男の決意を鈍らせ、余計な感情を生み、数瞬後起こる筈である戦闘に多大な影響を及ぼす。
対策は簡単だった。モニターに移る数字や文字をひたすら頭に叩き込んで、雑念が入る余地すら与えなければいいのだ。
故に男は作業を止めない、否、止められなかった。

「来ますかね?」

不意にスピーカーから聞こえた声は、男が居るMTから見て、左側に佇む同型機のパイロットから発せられていた。
まだ若く幼さすら見せる青年で、笑顔と持ち前の明るさを決して失わない男。
レイヴンに恨みを持ち、陳腐な復讐心にさえ取り憑かれていなければ、もっとましな人生を送れた筈なのに。
作業を止めた男はその感情を身に隠しながら青年の問いに応じる。

「まだ分からんさ。向こうではいろいろやってる筈だが俺達はそれを知る事ができないんだからな。まぁあの弱腰どもが大人しく要求を呑んでくれるのが一番なんだが……」
「大丈夫ですよ、もし来たとしても返り討ちっす!」
「……そうだな」

男は相槌を打つしかない。若いパイロットの生気溢れた声を絶望的な現実で失わせたくなかったから。
無理だ、などとは言える筈もない。例え、それが既に決まってしまった未来であろうとも。

彼は気付いているのだろうか。自分と彼を含めたこの三人が、只の囮に過ぎないと言う事を――。


部隊長から先陣という聞こえの良い任務を与えられ、自分達はこの地点に配置された。
確かに聞こえは良いが、単純に考えれば所詮は只の囮役、敵の戦力を見極める為の犠牲、斥候、それこそ幾らでも言い換えられる。
つまりはそういう事。俗に言う目的の為の必要な犠牲、多数を生かすための少数の犠牲。
それらを果たす存在に、自分達は不運にも選ばれてしまったのだ。


だが実際、選ばれたのは自分と、隣で今も黙りこくっている自分と同年齢の男の二人だけだったのだが、
あろうことか、この若者は無謀にも自ら志願し、彼自身の意思で此処にいる。 目の前に復讐の対象が迫っているのだから当然と言えば当然だが、正直、馬鹿であるとしか言い様がない。
自ら死期を早めるようなものだ。たかだか数機のMTでACを相手にするなどそれだけで馬鹿げていると言うのに……。


この程度の数では地の利なども意味を成さない。そんなものは数十機程度の戦力が仮定されてこそ、初めて効力を発揮するものだ。
僅か三機では精々時間稼ぎが精一杯。正直笑えてくる、まさしく犠牲という言葉しか見つからないのだから。


そんな役目はこの若者の何倍も無駄に生き、人生そのものに嫌気が差した自分と、ほぼそれと同じ末路を辿った隣の男にこそ相応しいのだ。
間違っても彼は相応しいとは言えない。まだ彼は何も成してはいない、何かを残してすらいない。
何もかもが不完全のまま全てを終わらせるのは余りにも惜しい、惜しすぎる。


再び動きだした指を本能に任せ男は意志を固める。即ち、この空間に場違いな彼を、彼が本来居るべき居場所に逃がしてやるのだ。
言う機会は今しかない、言え、言うんだ……! 胸に強く刻んだ意志を変換し、言葉としてそれを吐き出そうとする。

「――」

だが男は果たせなかった。不意に放たれた小気味良い電子音が男の行動を阻んだのだ。
こんな事があっていいのか、あと少しだったのに、せめて後数秒あれば自らの意思を紡ぐ事ができたのに……!
男は叫び出したい衝動に駆られたが、もう全てが遅い事を悟り、動く指を止めると先程とは別の意志を固めて前方のモニターを見据えた。
もう、そうするしかなかったのだ。

「AC……くそっ! やはり要求を呑む気はさらさら無いって事か!」

若いパイロットがその場にいる皆の意見を代弁し、いち早く戦闘システムを起動した。残りの男達も数秒遅れ、後に続く。

「敵が扉を開けた瞬間が勝負だ。ありったけの火力を叩き込む。タイミングを誤るなよ」
「了解!」
「……了解」

意外にも男の口は自身が思う事と真逆の言葉を吐き出していた。もう避けられない戦闘の所為か、もう男に他人を気遣う余裕はない。
返って来た二つの返答の内、まだ覇気が残るそれを聞いても、もう何の感情も湧き出しては来なかった。


レーダーに映る赤い光点が、見る見るうちに近づいてくるのを確認して、男は一度目を閉じ深く息を吐いた。
それはさながら命の終わりを告げるカウントダウンに見える。無論、黙って受け入れる訳が無い。


最大級の妨害をして限界まで生き続けてやる。自分達が、そして後方に控える精鋭達が敵を迎え撃つ。
結果はどうでもいい。只、この行動が、この僅かな小火が大きな焔を呼び起こす引き金となり、 それがいつかこの腐った世界を焼き尽くす事を信じて――。


単なる建前であろうと関係無い。最後の最後に見つけた自分の居場所なのだ。例えその結果が死であっても後悔は無い。
それが何十年と無意味に過ごした男の、人生の中で最後の瞬間に見出した自分の意志であり、今を生きているという何よりの証だった。


目を見開き、操縦桿のトリガーを握り締める指に全神経を注ぎ込みながら男はその時を待つ。
そして数秒後、銀色に輝く装甲を開く扉の中心に捕らえた刹那、全ての意志を指に込め解き放った。




ほぼ三機同時に腕部と一体化した銃身から無数の銃弾が放たれる。
両腕から二本、それが三機、計六列の火線が一直線に銀色のACを討つべく猛進し、 予期していた通り、狭い通路に立たされた銀色は移動を制限され、おもしろいように全ての弾丸を自身の装甲に刻み込んだ。


腕を盾代わりにして余計な損傷を防いだ銀色の外見は中量級の下、一瞥しただけでもはっきり理解できる、相手の装甲は脆い。
少なくともこのまま撃ち続けていれば、いずれは数発がこの銀色の装甲を食い破り、関節部辺りに打撃を与えることもあながち夢ではない。


だがその判断が男の失態だった。勝てるという僅かな希望が脳裏にちらつき、男は一瞬、その現実から目を逸らしてしまったのだ。
それが命を縮める失策だと気付いた頃には時既に遅く、正面にそびえていた銀色は、男の視界から完全に姿を消してしまっていた。


同時に始まる等間隔の銃声。自身のMTに搭載されているものとは根本的に異なるそれを耳にしながら、 男は煙の如く姿を眩ました銀を探す。そして銀の姿を自身の右眼に納めた瞬間、耳鳴りを起こすほどの高音が鳴り響き、
左腕から伸びた血のように紅い刀身を薙ぐ銀色と、真っ二つに裂かれたMTが炎という名の紅蓮に包まれるという映像が彼の目に同時に流れた。


いつの間に? 一瞬の出来事に呆気にとられていた男は、その一連の動きを全く捉える事ができていなかった。
まさに脅威的としか言い様が無い速度が、味方を一瞬で葬ったのだ。燃え上がる炎は其処にいた者の命を容赦なく焼き尽くしただろう。


自身と同じく貧乏くじを引かされた、無愛想で、それでも仲間への気遣いは人一倍だった男。
最後に話したのはいつだったか、そんな事が頭の中をよぎり男の胸を酷く焦がした。
怒りとも悲しみとも似つかわない感情が全身から沸きおこるが、残念ながら構ってる暇はもう残っていない。


火線が二本減った事実を素直に享受しさらにトリガーを握る手に力を込めた。
状況は最悪、残った二機に備わる銃座で放たれる四列の火線のみで状況を打破しなければならないという事実が、男の内臓を引き締める。


しかし現実は、男の思考が描いた予想図に想定外の出来事を組み込んでいた。
男は即座にその異常を察知し、その違和感の正体を探る。


そして見つける。銃弾の生み出す列は四本の筈。3×2−2という単純すぎる計算だ。
にも関わらず、何故、視界に映る光景には自分の機体が放つ“二本”の直線しか映っていないのだろうか……。

「う、うわあぁぁ!!」

その解は悲愴な断末魔の叫びによってもたらされた。加えて、先程聞こえた銃声の謎も解ける。
男が振り返りざまに、左眼の端で捉えた映像は、脚部の関節を砕かれ、コクピットを無様に晒して無数の弾丸に貫かれていた無惨な残骸。
戦闘開始時点から銀色がずっと放ち続けていたライフルの弾丸は、男が切り裂かれたMTを眺めていた合間も、 男の機体の脇をすり抜け、彼のすぐ後ろに居た若者の命を蝕み続け、遂には奪い去っていたのだ。


男が勢いよく己の両目でその光景を焼き付けるが、もはや只の鉄屑と化した残骸はもう動く筈も無かった。
無論、中の人間など生きていられる筈は無い。途切れてもう聞こえなくなった叫びが、何よりそれを如実に物語っている。
 
「こ、この野郎ぉ!!」

何故あの若者が殺されなければならない、彼は自分のようにその手を血に染めた事も無い。逆に彼はその者達に断罪を下す立場にいたのだ。
それも知らずに、只、下らない理由で企業の犬に成り下がるレイヴン如きに彼を殺す資格などあるはずが無い、あってはならないのだ。
なのに、それなのに何故……。


昇った火柱を眺め、男は理性と呼ばれる一本の糸を自らで引きちぎった。すると何故だろう、 あの若者や、もう一人の男を救えなかった後悔ではなく、只ひたすら純粋な憎悪しか、彼自信から溢れ出しては来なかった。


これがあれこれと思考を巡らせ、辿り着いた先の帰結なのか。あまりにも単純な本心に今更気付きもしたが、もう意味は無い。
諦めの境地にすら達していたほんの過去も既に忘れていた。本能に従って湧き出る殺意だけを目の前の銀色に向け、 男は独り、新たなターゲットとしてこちらを認識して猛進してくる銀色にトリガーを向け、強く強く握り締める事に己の全てをつぎ込む。


銃弾の勢いは決して変わらなかった。だがそこに何らかの力が作用したのか、 吐き出される弾幕が、到底、眼では捉えられない機動力を見せつける銀色を遂に捕まえる。
鋼の弾丸は明らかに傷と呼べる損傷を銀色のコアに刻み込み、僅かに、だが確実に、その圧倒的存在を揺るがせて動きを止めた。


だが男が胸に僅かな希望を抱くと同時に、銃弾を浴び続ける銀色に変化が現れる。
突如として背部のブースターが、通常とは思えぬほどの輝きを見せたのだ。


エネルギーが収束していく光景が男の目を貫いた。羽の如く広がるその鮮やかな蒼色を眺め、 何かの感想を考える暇も無いほんの刹那、それが血のような真紅に変わるのを視界に入れた男は、 次の瞬間には、一撃でコクピットを貫かれ、勢いそのままに壁に叩き付けられ四散するMTと共に、
人であった痕跡一つ残す事無く、この世という世界から蒸発し消滅していた。




時間にして僅か数十秒、一瞬の邂逅で三機を屠った銀色はその成果に対した反応も見せる事無く、 展開した真紅の長剣を虚空へ収め、更なる獲物を求めるかの如く進行を開始する。


銀色が過ぎ去った後、残された三つの煌めきは、その後何時間も命の残り火を燃やし続けたが、その光景はもはや誰の目にも止まる事は無かった。



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