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14.


地平線を燃やし尽くすほどの紅蓮の炎が消えていく。徐々に暗黒へと至っていくその風景は、休息でもありそして始まりでもある。
毎日毎日同じことの繰り返しであるが、その過程は誰にも変えることはできない。たとえ神という存在がいたとしても、それは例外ではない。
群青のACの中で、男は己の視界に現在進行形で焼きついている光景を見ながら深い思索に耽っていた。

「うん、これは良い感じだ」

いや、耽るしかなかったと言った方が適切なのだろう。それほどまでに男を取り巻く状況は退屈すぎるものだった。
その対策として編み出された究極系が、脳内に浮かんだイメージを言葉で具象化するという手段。
流暢であり、かつ詩的でまさしく良作に相応しい出来栄え。だがそれは全て男個人の独断と偏見で彩られている。


そして襲いくる猛烈なまでの虚しさ。俺は一体何をやってるんだ、とどうしようもない現状に悪態を吐きつつ、
男は踏み続けているフットペダルに少しだけ力を込めた。その指令通りに、群青のACは先程よりわずかに多く推進剤を吐き出す。


しかしその量はACの規格から見れば儚すぎるものだった。ブーストとは異なる推進力で、機体を浮遊させているフロートタイプのACは、
ブースト加速なしでもある程度の機動力を確保することができる。それを駆る男に必然的に仕事が与えられてしまうのも納得と言えた。


周囲の状況の確認および偵察、そして仲間内における連絡の橋渡し。それが男に与えられた役割だった。
ラグティスに装備された高性能レーダーには、それを把握できるだけの能力があり、かつ男もそういった仕事に長けている。
まさに適材適所。の筈なのだが、それでも男にとって、今この瞬間が暇であることに変わりはなかった。


ブーストの点火は厳禁とあらかじめ念を押されている。その時が訪れるまで目標施設の周囲を四機のACが取り囲んでいることを敵に悟られてはいけない。
そんな制約を定めた結果が生まれたのが、移動以外のシステムを遮断し、ブースターの残滓すら発生できないでいる哀れなフロートAC<ラグティス>だ。

「そうだよな、お前だって元は速いんだからもっと暴れたいよな……」

男は遂にACに向けて語り出してしまう。何とも言いがたいこの空気に初めは余裕綽綽の彼であったが、
予想と現実ではやはり重みが違ったのか、今の男は何も出来ないというもどかしさを酷く痛感していた。
いっそのこと、このままこの重責を取り払い自分の思うがままに暴れ回れたらどれほど素晴らしいことか。だが男の思考と行動が一致することはない。


この任務の重要さを男も理解している。これはあの男の悲願だ。七年という月日をまたぎ再開される戦いの序幕が、まさに今この瞬間開かれようとしている。
下準備の段階で全てを無碍にするほど男は落ちぶれてはいない。男もまたその月日の重みを誰よりも知っている者の一人なのだから。


そして彼はようやく目的の地点へ到達する。目標とする施設が微かに見える程度に離れた位置に存在した森林地帯。
薙ぎ倒された木々の間にできたわずかな隙間にその機体は佇んでいた。男が操るラグティスと同様、
最低限度の機能だけを起動させているだけの機体。漆黒に混じった鮮血の如き真紅が宵闇に映えていた。


エリュシオン。見慣れたその黒を男は改めて眺める。かりそめの漆黒。このACを眺めてそのような印象を抱く者といえば自分くらいしかいないだろう。
かつての出来事を思い出していた彼は、そこで感慨深い映像を一旦停止させ通信機に手を掛ける。そして己の声を静かに吹きかけた。

「アゼル」
「……レスターか、早いな」

レスターと呼ばれた男に向け、エリュシオンの搭乗者――アゼルから返答が寄越されたのはそれからすぐのこと。

「そりゃ何事もテキパキとこなすのが俺のモットーだからな」
「そうだったな、確か。で、あいつらは何て言ってた?」
「『バラバラなんざ死んでも嫌だボケ!』だそうだ」
「ハハ、なるほどな。あいつらが言いそうな台詞だ」

言葉の端々から隠し切れない緊張が漏れている。通信機から聞こえる声からレスターはそれを即座に判断していた。
平静を装ってはいるものの、元々隠しごとがとにかく下手なアゼルに彼を誤魔化せる技量があるとは思えない。

「で、実際は誰の台詞なんだ? 間違ってもあいつらの言葉じゃないだろ?」
「は? な、何言ってるんだ……。正真正銘あいつらの台詞だって。第一、お前もさっきは――」
「俺は『言いそうな』って言っただけだ。『あいつらが言った』とは一言も言ってないぞ」

思えないのだが、それとは別の分野に関してはアゼルという男は異常な才能を発揮させるのだ。
見抜かれている。通信機越しにでもわかるその圧迫感に、レスターはひやりとしたものを感じる。

「……負けたよ、もちろん俺のだ。レスター・アーヴィング特製のめちゃくちゃ改竄バージョン。だが、どうして俺のだとすぐわかった?」
「あいつらは俺に面向かって文句を言うことはあっても『ボケ』とは言わない。俺にそういうこと言うのはお前だけだよ、レスター」
「これまた細かいことで……」

観念し潔く敗北を認めたレスターの心に残ったのは、アゼルに対するわずかな憧憬とそんな彼に圧し掛かっている重圧、その両方だった。
鋼鉄の如き強固な意志は、裏を返せば柔軟になれないという欠陥を併せ持つもの。今のアゼルはまさにそれに近いものであった。

「で、いいのか? あいつらを合流させても」
「どうせ、作戦開始後に勝手に合流するだろうな。それなら最初から一緒の方が良い」
「肝心の作戦はどうなる?」
「二人の目的は囮だ。俺たちが合流するまでの時間稼ぎだよ。お前も知ってるだろ? 最初から作戦も何もない。状況が悪くなればすぐに逃げろとも言ってある」

様々なパターンに照らし合わせて、それを瞬時に悟ったレスターは静かに口を開く。

「なら何でそんなに気にしてるんだ」
「……何のことだ?」
「あいつらのことに決まってるだろ。勝手にしろとか言っておきながら、頭ん中では心配で心配で仕方がないって顔してやがる」
「お前に今の俺の顔なんてわからないだろ」
「馬鹿か、お前は。何年隣にいると思ってんだよ。お前の思ってることなんて全部お見通しだっつうの」

アゼルの言葉が止まる。レスターという男には敵わないと観念しているのか、それとも別のことを考えているのか。
ラグティスのコクピットでただ返答を待ち続けるレスターにもさすがにそこまで読み取ることはできなかった。

「やっぱりお前には敵わないな」

彼の決心めいた言葉が届いたのはそれから数十秒後、全ての迷いを断ち切ったかのようなその口調は先程とは明らかな違いがある。そして次の瞬間には、

「なあ、レスター。一つ頼み事を聞いてくれないか?」

意外な言葉がラグティスのコクピットに木霊していた。「死ね系以外なら聞いてやる」と、面食らった表情を押し隠して、彼は普段通りの口調で応える。

「あいつらの所に行ってやってくれ」
「……それはつまり、ここはお前一人でやるってことか?」
「ああ」

何を言うかと思えば……。呆れてものも言えないとはこのことか。唐突に告げられた方向修正に言葉も出ないレスターはコクピットの中で溜め息を吐く。
別にアゼルの優柔不断さを責めているわけではない。人数が変わろうとも作戦に大きな影響は生じない。
彼が内で篭もらせるアゼルに対しての鬱積はもっと根源的なもの。即ちアゼルの異常な自己犠牲心だ。これに関しては一朝一夕で修正できるような代物ではない。

「なるほど、どっちにしても馬鹿げてるな」

暗に自身のメッセージを含めつつ言う。気づいているのか気づいていないのかは知らないが、

「最悪の場合でも、死ぬのは俺だけで済むし、お前やあいつらは逃げ切れる。それで十分だと思うが?」

努めて冷静沈着な声でアゼルは応えていた。決心でもついたのだろうか、とその声を聞いたレスターは勝手な想像を浮かべる。

「け、気に入らねぇ。そんな覚悟は今すぐゴミ箱にでも捨てちまえよ」

狭苦しいコクピットの中で、レスターは自分にしか聞こえない程度の声で吐き捨てる。
言い終えた後、彼はすかさず別の言葉を紡いだ。もちろん今度は容易に相手にも聞こえるほどの口調で。

「まあ、俺が幾ら文句言ってもだ。お前の中ではもう決まってるんだろ?」
「……ああ」

再確認のつもりで問うた彼だったが、聞こえてきた返答はその必要性を完全に失わせた。

「信用できるのか、あの男の用意したものっていうのは?」
「信じるしかない。今はあいつだけが頼りだ」

だがレスターにはその言葉に不快感を示す。

「だがな、俺はまだあいつのことを信用したわけじゃない。お前ほどじゃないが、俺だってあいつにはやたらと辛酸舐めさせられてるんだ。俺の中じゃあいつはまだ“敵”だぞ」
「今のままなら別に問題じゃないさ。だがもし俺たちの敵だとわかったら、その時は俺も容赦しないつもりだ」
「ならいいがな」

レスターにはアゼルのその声が自分自身に時期尚早だと諭しているように聞こえた。まだ何もしていない、だから全てを判断するには早すぎると。
かつての敵までをも易々と信じきってしまったのか、と思い込んだ己が妙に情けなく思え、レスターは軽く自分を軽蔑する。


そして彼はまだ他に何か言いたいことはあるか? と心に問う。レスターがこの場にいるのは単純にここにいなければならない理由があるから。
それが存在しないのならば、彼はここにいてはいけない。今のレスターにとって、本来いなくてはならない場所はアゼルの傍ではないのだ。
アゼルがそれを決めた。だから彼はその指示に従う。それで十分だ。そして彼はその場を後にしようとACの操縦桿に手を掛ける。

「確認するが、初手は俺たちのタイミングで飛び出していいんだな?」
「ああ」
「撤退はいつも通り?」
「そうだ、いつものように各自の判断でいい」

だが、それでいいのかと微かな罪悪感を伴いながら誰かがレスターに囁く。彼はその疑問に問題なし、とだけ返し作業を続けようとする。

「あ、忘れてた。最後に一つだけいいか? 前々からずっと言いたかったことなんだが」

けれども、その囁きがわずかな余韻を生み出してしまったのか、彼の腕が急に止まってしまう。
踵を返していたACも続けて反転し直し、レスターは再度自分の目にエリュシオンの姿を映した。

「お前は俺らの実力を過小評価しすぎなんだよ」

アゼルが「何だ?」と問う遥か前に彼は口を開いていた。その後、今さらとも言うべき掠れた声が通信機が伝いレスターの耳朶を打つ。

「だからお前はよぉく目凝らして、俺らの強さってやつを見てろ。お前なんて必要ねぇってくらいに暴れまわってやるよ」
「……わかったよ」

一瞬戸惑いらしき間を置いた後に、理解を示すアゼルの声が届く。予想外のことを突かれて表情を崩すアゼルの姿が想像できそうな間隔だった。
前々から抱いていたアゼルに対する想いをぶちまけただけだが、それでも彼が背負っているものが軽くなれば良いに越したことはない。
笑い声すら聞こえてきそうにまで軽やかになったアゼルの口調に、レスターはそんな些細な気遣いが功を奏したことを実感する。

「レスター」
「ん?」

ようやく全ての仕事を終え、その場を去ろうとするレスターをアゼルが引き止めたのは、もはや当然の成り行きだった。

「あいつらを、頼む」

その言葉にレスターは確信を覚える。アゼルが己の仕事に没頭するために、仲間である自分にその役目の一部を完全に預けたということに。
己の不安や懸念を他人に預けるということは、全幅の信頼を寄せられていなければ成し得ないことだ。


単なる駒としてではなく、一人の仲間としてそれを聞いたレスターは己の口元を軽く歪め「任せろ」と呟く。
そして夜の闇に包まれた漆黒の機体をその場に残して、彼は群青のACと共にその場から姿を消した。








エリュシオンが潜んでいる森林地帯を抜ければ、そこにはただひたすらに広い荒野があるだけ。街に至るまでの道は通ってはいるものの、
実際、街までの距離は想像するだけで途方に暮れさせるほどに離れている。そんな荒みきった大地に群青のACはいた。
その殺風景な荒野にぽつんと存在している工業施設。破壊すべきその目標を常に頭に叩き込みながら、レスターはラグティスを操作していく。


位置的にアゼルは最も施設と近い場所にいる。人工的に植えられた森林に密かに紛れていたのは、これから起こる事象を待つ為に他ならない。
そこから反対側に位置する地点であの二人が待っている。あらかじめの調査に基づいて、敵に補足されない位置であることは確認済みだが、
それでもブーストの類は使えなかった。早く合流しなければ。もっとペダルを踏み込みたいという衝動がレスターの身体の中で荒れ狂う。


昔からこういった地味な仕事には慣れている。それがレスターという男だった。
何においても面倒な仕事を優先的に回されるのは人柄か、それとも自然の成り行きなのか。
地味な作業を何年も請け負い繰り返してきたが、心の底から苦と思ったものは今の所ない。たまにはこういう人間だって必要だ。
これが既に若いと言われる年代から遠のき始めている男が得た自分なりの答え。アゼルや合流を待つあの二人と毎日を触れ合うことでようやくそれがわかった。


昔から何をするにしても自信があった。人並み以上の技量、知識、センスなど普通の人間には存在しないものが自分の中には確かにあった。
まだ年端もいかない少年時代にそんな可能性を見出してしまったことが、今の人生への始まりだったのかしれない。
器用すぎるが故に何でも簡単に出来てしまった。それ故に目標というものを見失ってしまい遂には自ら堕落へと走った過去。
たまたま目に入った『レイヴン』という単語も、その時は単なる興味本位でしかなかった。“自分ならば”そんな捻じ曲がった自信が当時の原動力だった。


結論から言うと、その自信は粉々に打ち砕かれてしまった。何気なく赴いたレイヴン試験で自分は“彼”と出会ってしまったのだから。
どこからどう見てもただの少年にしか見えなかった男。だが何かが確実に違った。試験直前にその男と同班になった時、自分はその正体を悟った。


言葉が出なかった。同じ操縦桿を握っているとは思えなかったのだ。乗りこなしていたとは言え、若干の失敗を起こした自分とは違い、
その男は完璧なまでにACを操っていた。武器の扱い方、衝撃への耐久力、恐怖、緊張、高揚――。様々な作用を全て蚊帳の外にして、
男は常識外れの挙動を見せつけていた。自分がほぼ無傷で試験を乗り切れたのは、その男のおかげであることはもはや否定できない事実だった。


興味が惹かれない筈がない。一通りの手続きを終えた後に自分はその男に追い縋った。それがアゼル・バンガードとの出会い。
15歳という若すぎる当時の年齢に面食らったのはまだいい方。何より最も笑い種になったのは、彼がレイヴンを志した理由にあった。


『暇だったから』それが理由だ。もう笑うしかなかった。彼に感じていた一種の嫉妬感なども、その時に全部吹き飛んでしまう。
自分を、いや、自分などでは話にならないほどの逸材が目の前にいる。そう考えるだけで一度点火した興味の火は収まらなかった。
一体この男は何者なんだ。しつこく自分が追い縋る中、それを迷惑そうに見つめていたアゼルの顔は今でも己の記憶にきちんと保管されている。


何の目的も持たない男二人の自堕落生活がそうして始まった。数年間はそんな状態が続き、適当に依頼を受けて金を稼ぎ、飯を食べ、寝るを繰り返す。
年中その繰り返しかと思われた。だがそんな堕落生活に唐突に終幕が訪れる。それが七年前だった。


そこから先はまさに激動に次ぐ激動。勝手気ままに生きていた自分たちは、己の信念に心血を注ぐ男たちと出会い、彼らとともに戦い、そして死に別れた。
あの時の後悔が今のアゼルを突き動かすものの正体。救えなかった、守れなかった。今の彼に心にあるものはそれしかない。
そして現在、彼はその衝動に突き動かされ今まで燻っていた己の才能を爆発させ、周囲から畏怖と尊敬を集めるまでになった。


だが彼にそれだけの重みを背負える筈がない。たとえ天与の才があろうとも本来は優しすぎる彼にそれだけの荷は重過ぎる。
それでも彼は背負おうとする。己を殺し無理に無理を重ねてでも彼はその覚悟を背負っている。そうしなければ守れないから、救えないから。


失うことを誰よりも恐れるが故の覚悟。だが彼は同時に一人では何もできないことも知っている。
誰かを頼らなければ彼が思う理想は成し得ない。だがそれには犠牲という必然がちらつく。そんな矛盾が今も彼を悩ませている。


けれども自分はこうしてここにいる。率先的に犠牲になる気はさらさらない。あの二人だってそうだ。皆それぞれに戦う理由を持っている。
それに純粋とは行かなくても、自分達はそれなりに楽しいといえる一時を十分に過ごしてきた。たとえそれが一時の幻であったとしても不満はない。


元々自分の中にあった小汚い才能は、彼に会ったからこそ華を開かせ、今のような連絡の橋渡しや、日常で言うならば家事全般を担うようになった。
器用貧乏な自分にとっては最適な居場所だと思う。自分程度には勿体無い役割だ。才能や若さに満ち溢れたアゼルたちとは違い、
未知なる道を切り開く力は自分にはないが、背中をポンと押してやる程度なら自分のような凡人にだってできる。


何も持っていなかった自分に、そのことを気づかせてくれた彼に対する恩返しがこれだ。彼自身の思惑などに興味はない。
ただ自分は自分の思ったことに従っているだけ。そこには命令も指令もない、それを宣告できるのは後にも先にも自分以外にはありえないのだから――。

「おーい、レスター聞こえてるかー? もしかして暇すぎて死んだとかないよなー?」

数分ほど懐かしい風景に意識を委ねていたレスターは、不意に頭に刺さったその一声で我に返る。
いつしか目指していた地点に近づいていたようで、気づいた相手の方から通信が来ていた。


彼の気心などいざ知らず、いかにも何も考えていませんといった類の発言。
無邪気すぎるほどに若々しい口調が変化していないことを確かめた彼は、同時にその声の主の位置をレーダー内で確認する。

「あのね……。死んでたらACがこっち向かってくる筈ないでしょ。いい加減、少しは考えてからもの言う癖つけなよ」

その覇気に満ち溢れた音声を断ち切るかのように、もう一人の声が割り込んでくる。
至るところに棘を含ませたその口調はいかにも彼女らしい言葉だ、とレスターは一人思う。

「きっついお言葉。俺だって考えるくらいできるっての」
「そういうのは言葉じゃなくて態度で示してよ。毎回フォローしなきゃいけない私の身にもなってよね」
「いつもいつもご迷惑をお掛けしてすいませんです。……これでオッケー?」

そんな二人が一度言葉を交えれば、張り詰めた空気が奇妙な方向に歪んでいく。こればかりもはやどうにもならなかった。

「ねえ、あなたの機体私のブレードで斬っていい? 不思議と今そんな気分になっちゃったんだ」
「……全力で拒否します」
「大丈夫よ、ちょっとチクッてするだけだから」
「ぜ、絶対嘘だろそれ!」

ラグティスのレーダーにくだらなさすぎる会話に勤しむ二人の反応、即ちACの姿が映っている。ディスプレイに映された実際の映像とも照らし合わせた彼は、
ようやくそこで自分が目標としていた場所に着いたということを悟り、安堵の息を虚空に吐いた。

「暇そうだな、お前らも……」

そして彼は初めて流れ込んできている会話の中へ自分の声を吹き込んだ。

「お、やっと反応が来た。ったく聞こえてるんならさっさと言ってくれよ。ほんと暇で暇で死にそ――」
「何か用なの、レスター?」

二人のACがすぐ目の前にまで近づく。炎の如き緋色の四脚AC<ウルスラグナ>と、夜闇の中でも輝きを色褪せない金色の逆関節AC<アイギス>。
脚部の積載限界寸前まで多種多様の銃器を装備した砲撃特化機体が前者。それとは大きく異なる形状が後者の機体である。
後者の最大の特徴は、OBにも匹敵するような飛びぬけた機動力。だがその金色の背には今回の作戦の要とも言うべき、
巨大なミサイルポッドが付属しており、それ故に現在においては、この機体の持ち味である機動力は成りを潜めてしまっている。


そんな二機をここまで運んだ輸送機の陰に隠れるようにして彼らはいた。本来なら、非公式な仕事故に輸送機一つ手配するのにも手間が掛かるのだが、
アゼルが手を回していたために、その問題もとりあえずは解決されている。非公式に雇った操縦士だが、撤退や移動も手軽にできる点では実に効率が良い。

「アゼルからのご命令でな。俺もお前らの仲間に入れてくれ」
「げっ」

あからさまに迷惑がる声がレスターの鼓膜を揺さぶる。

「ジン、十秒やる。今の悪態の理由を言え。言わねぇとぶっ飛ばす」
「い、いやこれは、だな……」

ジンと呼ばれた青年に向け、レスターは半ば本気でラグティスの銃口を緋色のACに向ける。もちろん彼は本気などではない。
むしろ、調子に乗ると手がつけられなくなるこのジン・フェーベルという青年を抑制するには脅しくらいが最適だった。

「こらこら、そんな馬鹿なことしないでよね。そんなことしたら折角の計画が台無しでしょうが。ったくこの馬鹿男どもは……」

しかし、そんな彼のお遊びに近い行動を本気にしているかのような発言が金色のACから運ばれてきた。

「な、なあ、リア。ジンはともかくとしても、俺まで含めるってのはちょっと酷いと思うんだが?」
「思いません」

突き返された返事に、レスターは萎縮してしまったかのように自分の口を真一文字に搾る。
潔癖人間という程ではないが冗談はほぼ全く通じない。レスターが想像するリア・ガウディとはそういう女性だった。
本能のみで行動する典型的猪突猛進馬鹿のジンとは違い、良く言えば常識や世間体を広く理解している人間。悪く言うなら糞真面目というのが彼女だ。

「じゃ、じゃあ俺は――」
「あなたは言う資格なし」

そんな彼らはことある毎にアゼルによってコンビを組まされる。互いが持つ思想、戦術、ACのタイプなどほぼ正反対な彼らだったが、
それぞれの強すぎる個性が見事に混じりあい、ある程度の相乗効果を示している。
と言っても、当初のアゼルが期待した通りにことが進んだかと言えば、実はそうでもなかった。
予想を外れあらぬ方向へ辿り着いたこと。それが唯一、アゼルにとって珍妙な真実として残った。そして今もそれは消えてはいない。

「……頼むよ、レスター。遠慮せずに俺を思いっきりお空の彼方にぶっ飛ばしてくれ。こんなに悲しすぎる夢はさっさと覚めるに限る」
「ジン。あなたさっき、天井に頭ぶつけて『痛ぇ』って言ってなかったけ?」

だがそれもまんざらでもない。少なくともレスターは思っている。組まされることに互いに文句はあっても二人はそれを拒絶したことは一度もない。
それが全てを物語ってるじゃないか。ジンの場合、それ以外にリアに対する個人的感情というものが大いに作用しているのだが、
リアからしてもジンに吐きかける毒舌の裏には、彼女なりの彼への優しさがある。二人とも心の中では互いの強さを認め合っているのだろう。

「えっと、これって新手の嫌がらせか何か?」

問題は受け取る側であるジンがそれを全く理解していないことにある。まだ二十にも満たない年齢では判断できないのも当然だ。
とアゼルは言うが、肝心のジンからは、依然として改善の兆しが見えていない。
レスターが耳にするリアの言葉から最近毒しか検知できなくなっているのは、恐らくそういった理由が関わっているのだろう。

「で、あの人は他に何か言ってた?」

時間の無駄にしからないジンの言葉を完全に蚊帳の外に置きながらリアがレスターに問う。
いつまでも無駄話に時間を費やすべきではない。裏でそう言及する彼女の意思がレスターにははっきりと伝わっていた。

「いや、お前らのこと頼むって言ってただけだ」
「たったそれだけ? そんなに私たち信用ないのかな……」

思わぬ独白が耳に届き、レスターはわずかに顔をしかめた。リアの悪い欠点だ。
しかし、やはり咄嗟のことのためレスター自身も巧く言葉を選ぶことができずにいた。


彼女の真面目さは、時に必要のない言葉までをも吸い込み、物事を悪い方向へと持っていってしまう。
考えすぎと言う面に関してのみで言うなら彼女はアゼルと同類だ。事実、アゼルの意見に最も賛同的であるのも彼女である。
ただレスター自身は、彼女の場合アゼルという一人の男を意識しているということも無関係ではないと踏んでいる。あくまで個人的な意見でしかないが。

「あー違う違う。これはあいつの性格の所為だよ。単にあいつの過保護が酷いだけだ。だからお前が気にすることはない。それに――」

そんな彼女に対してレスターは、自らの頭の中で厳選した言葉だけを並べ立てていく。

「もしあいつが本当にお前を信頼してなかったら『武装変えてくれ』なんて言わねぇよ、普通はな。この中で一番成功率の高いって判断されただけ信頼されてるって証拠だ」
「そう、なのかな」
「そうそう」

また彼女が深みに嵌ってしまわないか、と懸念する彼だったが、その気配がないことを察し、ひとまず胸を撫で下ろす。

「あのー、俺は最初からあいつの眼中になしですか?」
「よくわかってるじゃないか」

その所為なのだろう。彼がジンに返した返答はよりキレがあった。

「はぁ、俺ほんと死にたくなってきた……」

通信機の先でうなだれていそうな彼の声を聞き、鼻を数回軽く鳴らしてレスターは笑う。だがそれは決して心の底から笑っているのではない。
親、兄弟でもない赤の他人同士がここまで仲睦まじくできる機会はそうそうあったものではないのだ。
永遠にこのままでいたいという誘惑が、長年レイヴンとしてやってきたレスターの周りにもその魔手を伸ばし始める。

「目標の様子は?」

その誘惑を振り払うかのように、リアが抑揚のない声を寄越してくる。
レスターはそれを無心で受け、乱れそうになった心をすぐに持ち直した。

「相当数いるだろうな。未確認だが、敵さんもそれなりに感づいているらしい」
「そりゃあんなバレバレな脅迫文、誰も信じないって」

ジンの言うことにも一理ある。とレイヴンらしい頭で考えたレスターだったが、

「ま、あれに関してはアゼルの野朗に任せきりだったから、何とも言えないがな」

と、半ばアゼルの弁護とも言うべき発言しかできない自分自身に彼は若干の苛立たしさを覚えた。

「要するに乱戦は覚悟しろってこと?」
「はっきり言うなら、そういうことだな」
「そう。責任重大だね、私」

いざ仕事の話となると、急に勢いが変わる二人がレスターにとってありがたかった。
アゼルが言うには、あれ――あのラスティ・ファランクスが丹精込めて作った脅迫文――が頼りらしいのだが、正直言って信用などできない。
でたらめの襲撃予告時刻を通告し、敵側が釣られることに期待する。そんな子ども染みた策が決まるとはレスターには思えない、思いたくもない。


ジンやリアも同意見だった。にもかかわらずアゼルはそれを押し通した。先刻その意図を本人に確認はしてみたものの、
それだけでレスターの不満は完全に払拭された訳ではない。任務の成功率に関わる事項故にそれは尚更だった。
まさかあいつは俺たちに何かを隠している? だが何をだ? 突飛過ぎる考えだ、そう判断しレスターはこれ以上進むことを止めた。

「そっちの方がわかりやすくて良いよ。目に映ったものからぶっ壊せばいいんだからさ」
「いいかジン。リアの初撃が終わるまでは我慢しろ。それまではしっかりと彼女を守るんだ。いいな?」
「任せとけ。リアには銃弾一発たりとも食らわせねぇ」

今は覇気に満ちた彼ら二人が何よりの救い。コンビとして見ればアゼルにも匹敵する程の実力を発揮するのが彼らだ。
おまけに数字などでは決して見極められない圧倒的な潜在能力が彼らには蓄えられている。
少なくとも二人からは失敗する要素は一切見当たらない。必ず成功する。そんな気概が全身が迸っているような気さえした。

「その意気だ。それじゃあ――」

ならばせめてそれには応えなくてはならない。年長者としてまた彼らの保護者として、そして何よりアゼルからの信頼に。
それが今の自分にとって最も成すべきこと。二人を守り、共に帰還すること。固く心に決めレスターはようやく始まりの言葉を静かに告げる。

「行くぜ?」
「了解です」
「っしゃあ! その言葉を待ってました!」

誰よりも早くACのブーストを咆哮させたのはジンだった。「ちょ、ちょっと待て!」というレスターの制止も聞かず、
ジンを乗せた四脚AC――ウルスラグナが深夜の静寂を切り裂くように、周囲に噴出音を撒き散らし、目標目掛けて猛牛の如く突進していく。

「あの馬鹿……!」
「ったくあれじゃ絶対に作戦忘れてるよ……」

続いてレスターのラグティス、リアのアイギスが慌てたようにそれに続いた。重武装を施しているウルスラグナとは違い、
彼ら二機のACには水準以上の機動力が備わっている。一度は空いてしまった間隔も、ラグティスとアイギスの速度からしてみれば、
それは間隔とすら呼べないものだった。輸送機に向かって待機の命令を下しながら、レスターはラグティスのブーストを展開し離されていた差を一瞬で詰めた。

「こらジン、勝手に突っ走ってるなって! 主役はリアだってさっきから何回言って――」
「んなことわかってるよ。俺の機体は足遅いんだからさ、先行っとかないと護衛どころじゃないだろ?」

そしてジンに向かって怒号を迸らせたが、思わぬ盲点を意外な人間から突かれてレスターは一瞬言葉を失う。

「って言うか、どうせなら近くまで俺に合わせて欲しいんだけど? 目標に付いた時点でリアが先行すれば問題ないだろ? けど気づかれるのは早くなっちまうから、そこらへんの判断はレスターにお任せするけどさ」
「……ま、まぁそれは俺なんかより、リアに聞くべきじゃないか?」
「私はどちらでもいいです。どっちでも必ず成功させるから」
「了解だ。ならジンの案でいくぞ。俺とジンがポイント到着までリアにぴったりと貼り付く。到着後はミサイル発射と共に各自散開だ。いいか、それまではリアの護衛に専念しろ」

戸惑った口調を無理矢理修正し、レスターはそれぞれに指示を飛ばす。まさかジンに論理で押されるとは彼も思っていなかったのか、
その顔には確かな驚愕の色が窺えた。アゼルをして素質だけなら彼以上と言わしめた男のこれが本領発揮ということなのだろうか。

「たまに良いこと言っても私の点数はあんまし変わんないからね」
「……厳しいっすね、ほんとに」

が、頭にふとよぎったその考えもリアの一声でどこかに去ってしまった。気づけばいつもと何ら変わらないジンという馬鹿がいる。
あと少しで命のやりとりが始まるというのに、この温和な空気は何なんだ。と声を荒げたい衝動に駆られたレスターだったが、
にもかかわらず調子を全く崩さないジンとリアの声を聞くと、叫ぶ気力も削がれてしまうというのが本音だった。


その間もACは並々ならぬ速度で目標地点との距離を狭めていく。十数キロと離れていた差も、数分と経たずうちに消失し、
三人の瞳に工業施設の一角を映し始めていた。二人の会話にふと耳を傾けていたレスターだったが、

「二人とも、そろそろだ。準備はいいな?」

いざそれを目の前にすると彼は今度こそ別の意味でけたたましい声を吐き出し、和やかな雰囲気を意図的に叩き潰した。

「いつでもいけます」
「同じく」

どうやら二人は彼の意思を見事なまでに読み取ったようで、揃って彼の声に同意を示した。
これで準備完了。目と鼻の先に迫った目標地点を一点に見据えながら、レスターは自分自身のスイッチを起動させようとする。だが、

「……拙いな」

直後、レーダー内に大量の反応が表示されていた。ラグティスのAIがその情報を逐一彼の耳へ叩き込んでいく。
その音声に横殴りにされたため精神集中を途切らせるしかなかった彼は、仕方なさそうにレーダーに目を移動させる。


ほぼ予定の範疇ではあったが、その数はやはり多い。ざっと反応を見るだけでもMTだけで数十機、ACも何機か確認できる。
ほら見ろ、やっぱりあんな脅迫文何の効果もないじゃないか。現実に映った光景と、アゼルの自信に満ちていた顔とを見比べて彼は心で呟いた。

「どうしたの、レスター?」

彼の異変に感づいたか、リアからの通信がコクピットに響いた。三機の中でレーダーを装備しているのはラグティスだけだ。
思わず身震いしてしまいそうな膨大な数を、彼らはまだ知らないのだろう。とその声を聞いたレスターは察する。

「敵だ、どっさりいやがる」
「マジかよ。ってほんとだ……」
「もしかしてもう気づかれた?」

二人の機体も、そのころには敵を捕捉していた。一瞬覇気が消えたかのような口調から察するにその数に彼らも萎縮しているのか。
ACがいるのなら防衛設備の必要性がない施設でも索敵能力は飛躍的に高まってしまう。予期していたことだが、やはり簡単に始めさせてはくれないか。
心の何処かで安全にことが運ぶことを予期していた自分がいたことに気づいた。
失敗という結末が頭にちらつき、思わず普段の強気さを逸したレスターは「どうする?」と、彼らしくない台詞を吐く。

「目標まであと少しでしょ? このまま行きます」

折れてしまいそうな彼の決意を元の状態にまで戻したのは、リアの一声。
張り手のように強く響いたそれが、眠りかけていた彼の気持ちを呼び起こし奮起を促した。


わずか数十秒の間に、施設内部の建造物が彼のすぐ目の前にまで広がっていた。もう迷っている暇はないことを悟り、
レスターはかつての勢いを取り戻し、この舞台の幕開けを担当するリアに向けあらんかぎりの声で吼えた。

「行くしかないな。よし、一発撃てば場は混乱する。まずは一発だ。リア、どこでも良いから叩きつけろ!」
「了解」

その一声を受けたアイギスが、己の機動力を解放し、今まで形作っていた隊形から離れていく。工業施設内に一足早く到達したアイギスは、
当初の予定通りにその背に積んでいた大型ミサイルポッドを構え、発射体勢に入る。無論侵入を許した側は黙ってはいない。
周囲に轟き始めた甲高い警報の音が彼ら三機を出迎えようとしているのがはっきりと知覚できる。


アイギス、そして続けて到達した二機のACを確認した数機のMTがやはり迎撃体制へと移行していた。
敵のFCSに捕捉されれば、袋叩きは避けられない。先に先手を打つのはリアか、それとも敵の方か。
まさしく神のみぞ知ることなのだが、彼女の機体の後方では既にラグティス、そしてジンのウルスラグナが己の銃器を展開していた。


たとえ敵の砲撃の方が早くとも、敵が撃った瞬間、蒼と緋の砲火が爆発する手筈となっている。
全身全霊をもって前方のアイギスだけは守り通す。それが今のレスターとジンの二人に与えられた絶対の使命。


だが、神が彼らを味方したのか、アイギスを捉えていたMTが、手元にある銃で今にも銃撃を開始せんとするまさに刹那、
その金色の背部から、ACの身の丈にも匹敵するかのような巨大な物体が間一髪のタイミングで発射された。
巨大すぎる図体ゆえ、それを高速で運ぶだけの推進力が足りないのか、発射された大型のミサイルの挙動はまるで漂っているかのようだった。


しかし、不安定な弧を描いていた筒状のそれが地面に先端部分を設置させた瞬間、世界は一転した。
力なく見えた挙動とは完全に異なり、その巨大すぎる弾頭は起爆の指令を受け取ると、即座に己の中に充満させた高性能爆薬を炸裂させる。


その破壊力はもはや通常のミサイルの比ではなく、まさに想像を絶していた。地面に突き刺さったミサイルは、
まず音速を遥かに超えた殺人的な衝撃波を生み出し、それを四方八方にばら撒き、周囲の建物など触れたもの全てを薙ぎ倒していた。
舗装されていた地面もその衝撃に耐えられる筈もなく易々と引き裂かれていき、その衝撃波に乗って無数の金属やガラスの破片、
さらには地面よりさらに下層に存在していた大量の土砂などを一瞬で天高く舞い上がっていた。


爆風に微かに遅れるようにして出現したのはあらゆるものを焼き尽くす紅蓮。発生した猛烈な風と共に空気中の酸素と触れ合い、
それは超高温の突風となって同心円状に広がる。その範囲内に入ったものは例外なく消し炭と同義もしくはこの世から消滅するという末路を辿った。


もちろんその爆心地から最も近くにいたMTも被害を免れなかった。猛烈な衝撃が剛健である装甲をいとも簡単に剥ぎ落とされ、
その命を刈り取られると、次いで発生した炎と熱風が内部のパイロットをも焼き尽くし、元はMTであったものは刹那でただの黒ずんだ鉄塊へと変えた。


周囲をたちまち灰燼に帰した後、その成果を見せ付けるかのようにどす黒い噴煙が誇らしく立ち昇る。
猛烈な轟音と地鳴りと共に押し寄せたそれは、開戦の合図を示すと同時にその場にいた全員の注目を集め、彼らを混乱の坩堝へと叩き込んでいった。


だが、その間もアイギスの動きは止まってはいなかった。誰もがその猛る爆炎に目を奪われている中、
いつしかその黄金の機体は手ごろな地点を見極めるや否や、それとは別の新たな三発のミサイルを各地でばら撒いていた。


同様の衝撃と爆炎が別の三箇所で咲き誇り、一発目と同等の効果を各所で示す。範囲内にいたMTは次々と薙ぎ倒され、
ACに至っては耐え切りはしたものの、転倒を免れない機体や内部に重大な損傷を負う機体もいた。
まさに理想通り。見事にきまった展開に、その一部始終を眺めていたレスターは口元を歪める。そしてその状態のまま、

「よし、各自散開! いいかお前ら、あいつがくるまで死ぬんじゃねぇぞ!」

と、マイクに吹き込み、手元で握っていた操縦桿のトリガーを思いっきり引き絞る。
同時にウルスラグナ、そしてひとまずの役目を終了させたアイギスが、その声に呼応するかのようにそれぞれの位置に移動していく。

「さあ、始めようか……!」

その言葉と共にアゼルの顔を思い浮かべたレスターは、それを最後に己の思考を停止させ、意識全てを目の前のディスプレイに注いでいった。





絵の具を零したように視界に広がる紅蓮。その緋を背に受けて俺は走っていた。
止まることなどできない、してはいけない。止まってしまえば、俺は壊れてしまう。俺が俺でなくなってしまう。
だから走った。がむしゃらに何処までも。それしかなかった。ただ走り続けるしかなかった。全てを忘れることが出来るまで。


だけどそんな日は訪れなかった。そうなる前に、皆はいなくなってしまった。空っぽの俺を満たしてくれた人も、生きる術を教えてくれた人も。
その悲しみを忘れることなんて最初から出来るわけがなかったのだ。だが認めたくなかった。あの時の俺の心はそれほどまでに弱くそして脆かった。


だから俺はまだ走っている。あの日からずっと俺は走り続けている。本当は別の道もあるのかもしれない。
けれども俺はまだ走っている。そうすることでしか、俺は自分を許すことができないから。
単に不器用なだけなのかもしれない。でも俺はそうすることでしか自分自身を許す術を知らない――。


遥か遠方で、強烈な閃光が轟いていた。今が夜であることを忘れさせてしまうかのようなそれにアゼルは、
遂に彼自身が待ち望んだものが来たことを悟る。舞台に上がる時が遂に訪れたのだ、と。


あの瞬間から自分の全てが変わってしまった。その所為で関係ない人間まで巻き込んでしまった。
だから力を手にした。必要のない金も、名誉も、強さも全てを手に入れた。


全ては彼らを守るため。自分のためなどに命を預けてくれた彼らのため。
七年前に果たせず、それを果たすために得てきたもの。その成果の全てを見せるのはまさに今この瞬間しかない。


そしてその為の花火は上がった。彼らが命を賭して上げてくれた。ならば今度はこちらの番。
闇を切り裂いて現出したその輝きをはっきりと瞳に焼きつけながら、アゼルは端末からエリュシオンの戦闘機能を呼び出しすっと目を閉じた。

「……行きます」

誰を対象にした言葉かはわからないが、不意に訪れた衝動が言葉として変換されアゼルの口から呟かれる。
それ以上の言葉は、次の瞬間には真に機械と化していた男からもう漏れることはない。
そして数瞬後、闇を身に纏った漆黒が誰に気づかれることもなく、己の推進力を灼熱させ銃弾と爆音が入り混じり始めた喧騒へ向かっていった。


遠方で轟く激烈な爆音が全ての始まりを告げる号砲のように辺りに響き渡り、静寂であるべき夜を崩壊させる。
絶対に守る。アゼルのそんな誓いがエリュシオンをさらに加速させ、彼をあの三人がいる戦場へと導く。
彼を止められる者などいない。そして彼自身ももう止まることはない。たとえその先に待つ結末が“悲劇”だとしても――。



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