ARMORED CORE Stay Alive TOP

15.


爆炎と轟音が作り出す混乱が冷めやらぬ中、三機のACが連続してその猛る炎の中に飛び込んでいく。
その到着を祝うかのように、マシンガンやバズーカ、ミサイルなどありとあらゆる迎撃が彼らを出迎えた。
脱出口が見えないその圧倒的な弾幕に対し、三機は独自に散開することで火線を分断させる。


既に不要の産物と成り果てたミサイルポッドがアイギスの背部から外れる。鈍い音を立て、それは爆撃でできた土砂の絨毯の上に落ちていった。
己を束縛する楔を断ち切ったアイギスは、次の瞬間には真の疾風と化しており、目の前の敵に目標を定めエネルギーを解放させた。


標的にされたMTがその黄金の機体に向け銃弾を放つことはなかった。何故なら銃弾が吐き出されるより遥か前に、
突如現出した青白い閃光によって機体は真っ二つに分断されていたのだから。崩れる塊が炎に包まれると同時に、さらに別の数機が同じ末路を辿る。


徹底的な軽量を施されているが故に発揮できる爆発的な機動力。生み出される速度はまさに神速の領域に近いものである。
左手に付属された月光の名を冠するブレードは、常に最高峰の破壊力をアイギスにもたらし、触れるもの全てを薙ぎ払っていく。

「ACは三機、MTは少なくとも五十以上はいやがる。二人ともわかったな?」
「了解です」
「りょーかい」

無駄を削ぎ落としたレスターの報告が、残りの二人にも伝わっていく。お互いに無駄話をしている余裕はない。
一つ判断を誤れば、それが即破滅への道を辿るきっかけとなってしまうことを知っているから。


そうこうしている内にも、ラグティスが展開しているMTの一機を無数の銃弾を撃ち込んで粉砕する。
リニアライフルの驚異的な弾速、そして左手に握られた軽量エネルギーライフル。
それらにイクシードオービットの弾幕が加わる。生み出される相乗効果は極めて大きいものと言えた。
壁の如く押し寄せる弾丸の雨。その猛烈な瞬間火力が、ラグティスという機体の特性をまざまざと示していた。


そして何より、状況分析に長けたレスター自身の目がこの蒼い機体をより強力なものへと昇華させる。
抜群に広い視野はこの時も存分に発揮されている。そんな目がわずかな問題点を捉えた。
さらに詳細を把握するために、彼はアイギスの方向へと機体を動かした。


白兵戦を重視するあまり、それ以外の武装が皆無であるアイギスでは、大量に襲いくるMT群には対応しきれない。
加えて、その攻撃方法故に真正面以外の視野が極端に狭くなってしまう。その重大な欠陥を敵は今まさに突こうとしていた。

「リア、後ろに敵機!」

もちろん本人も知っている筈。なのだが、あまりの敵の多さに手が回らないのだろう。全く反応がなかった。
敵側にしてみれば当然の策だ。決まれば大打撃は確定したようなもの。正直言って、拙いことこの上ない。
だからレスターは吼えていた。しかしそれで間に合うとは到底思えない。案の定、アイギスの背後でMTの銃口が煌く。

「……俺のこと忘れてるだろ」

無事に敵の銃弾はアイギスに放たれずに終わった。まさに敵の銃が火を吹かんとする刹那、
その機体が手品のように弾け飛んでいたのだ。レスターはそれを疑問に思わない。種は既に本人によって明かされている。

「だから言っただろうが。リアには一発も食らわせないってな!」
「あ、ありがと……」
「これでまず貸し一つだよな、リア?」

この状況では場違い極まりない声がコクピットの中に響き渡る。馬鹿が図に乗りやがって。
さらに別の敵機を屠りつつ、レスターは通信機の奥で喚いているジンに対しかすかな苛立ちを覚える。

「さっきから流れ弾結構当たってるよ。一発も食らわせないんじゃなかったの?」
「ハハハ。……頑張ります」

だがリアの皮肉がその苛立ちを緩和してくれた。時期といい、内容といい、まさに完璧と言えるかもしれないほどの叱責。
さすがは彼女と言うべきなのか。この辺は実に手馴れている。

「んじゃ早速、気入れ直していきますか!」

アイギスとラグティスがいる地点とは異なる位置で、四本の足をどっしりと根ざしていた四脚ACから、新たにそんな気合が迸る。
緋色に彩られたそれ――ウルスラグナは展開していたグレネードランチャーを折り畳むと、
続けて隣のリニアランチャーを構え直す。しっかりと四本の足で地面を掴むと同時に、それは勢い良く咆哮を轟かせた。


大質量の榴弾とは異なり、その砲口から吐き出されるのは亜音速の弾丸。早い間隔で連射されるそれには、弾丸そのものの威力だけではなく、
その弾速、そして弾丸自体の構造が味方し、並のACすら弾き飛ばしてしまうほどの衝撃力を備えている。
あらゆる面でACに劣るMTでは、その強烈な反動に耐え切れる筈もなかった。


ウルスラグナの正面に位置していた複数のMTは、悉くそのリニアガンの砲火に飲み込まれていく。
短い砲身に秘められた驚異的な連射力が、直線的でその上単調すぎる火線をまるで別次元のものへと変貌させていた。
絶えず撒き散らされる銃弾にMTは成す術がないのか、吐き出されるそれを無防備に浴びるのみで、
反撃の糸口すら掴めず、何もできないままの状態で崩れ落ちていく機体も少なくはなかった。

「いいよね。後ろからバンバン撃つだけの人って」

敵の迎撃など気にも留めていないかのような暴れっぷりは、次々と反応が消えていく一部始終をレーダーで見たレスターにはよくわかる。
何て奴だ。と彼が驚嘆の言葉を漏らすと時を同じくして、若干皮肉めいたリアの声が通信機を介して聞こえてきた。

「だけってのは酷すぎだろ。そんなことただぶった斬るだけのリアに言われたくないね。いっつも誰がフォローしてると思って――」
「敵だよ」
「え?」

戦闘中、特に集団戦ともなれば自然と固定砲台という役目が決まるウルスラグナは、正面からの撃ち合いには強力な戦力となる。
現にその機体を料理しようと果敢に飛び込んでいった複数の機影は、数秒後には一太刀も浴びせれぬまま見事なまでに返り討ちにされていた。


だが逆に、側面に対して必ずと言っていいほどに対処が遅れるという相反的な事実がウルスラグナにはある。
さらに悪いことに、ジンという男の性格がその欠陥に絡んでしまったため、機体の欠点がより浮き彫りになってしまっているのだ。


一方的に攻撃を加えられるウルスラグナの唯一の欠点。だからこそ回り込めばいい。敵がそう考えることに何ら不思議はなかった。
ウルスラグナ側面、そして後方から数機の機影が接近を試みている。当然と言えば当然だろう。反則どころかむしろ正当だ。
この場で悪い奴がいるとするならば、そんな重大な欠陥に気づかずに、真正面への攻撃のみを押し通そうとしたジン以外に考えられない。


結局、割を食うのはいつもレスターだった。自身が対処していた敵から一時視点を外すと共に、彼はラグティスを操り射撃可能位置まで近づく。
銃弾という銃弾をありったけ叩き込み、今にも緋色の周囲に群がろうとしていたMTを一掃したレスターは、

「……いいかジン。毎度毎度お前をフォローしてるのは俺だ、この馬鹿野朗がっ!」

と、即座にありたっけの想いをマイクに叩き込んでいた。よそ見の代償は、ご丁寧にも鳴り響いた警告アラームが示してくれている。
「すんません」というジンの何とも情けない声が、せめてもの償いとばかりに聞こえたが、とても足りるものではない。


三手にわかれているとはいえ、それぞれを取り囲む敵はやはり相当なものだった。しかも単なるMTだけでこの有様だ。
悩みの種が尽きないレスターにさらなる追い討ちとしてラグティスのAIが無慈悲にある事実を告げてくる。
敵AC確認――。次々と降りかかる問題にレスターは思わず泣きたくなるような衝動に駆られた。


ラグティスの前には、さも当然如くACがいた。標準的な二脚型ACで、初期型タイプを少し弄くっただけのような風貌に見えた。
単なる新米か、それとも熟練者か。ACの外観だけで判断するならばこういったタイプはそのどちらかしかないだろう、とレスターは瞬間的に悟った。


前者なら良いが、後者なら少し拙い。レスターが粗方の分析を終えたころ、ラグティスがそのACを射程内に入れた。
が、突然その機体が発光する。それが何なのかはレスターにもすぐにわかった。OB――オーバードブーストだ。


彼は無心でトリガーを搾っていた。リニアライフルとエネルギーライフル、それぞれが一発ずつACに食い込んだ。
だが、常識外れた速度で接近を試みてきた敵を止めるには、とてもではないが足りない。
咄嗟の判断でラグティスを巨体を捻り込んだレスターだったが、それでも無数の散弾の雨がラグティスの身体を叩いていった。


彼の脳裏に、今はいない漆黒の影が宿る。近距離でのショットガンの一撃がどれほどのものかは、その影が如実に教えてくれた。
次いでラグティスのAIが損傷を負った箇所を報告してくる。大して問題がないことを確認し、レスターは反撃に移行しようとした。


噴出したエネルギーを収縮させ、敵がすぐそこにいる。その機影に銃弾をぶち込むことに躊躇はなかった。
右方からは高速の弾丸、そして左方からは蒼い光の筋。敵もまたお返しにとばかりに強烈な散弾を再度放ってくる。
この敵は新米のレベルなどではない。むしろ経験豊富なプロだろう。最悪の解答にもレスターは文句一つ吐くことなく迎撃を続ける。


弾丸が交差し、互いの装甲が食い破られていく。致命傷に至る攻撃のみを的確に避けきる両者だったが、それ故に決定的な勝機が見えてこない。
レスターの首筋から汗が垂れる。このまま続けばラグティスの損傷は無視できない範囲にまで及んでしまう。
そうなれば残存勢力の矛先は自然とジンとリアに向かうことだろう。引くに引けない状況に彼の焦りは募っていった。


自分はこの場所、そしてあいつらを託されたではないか。こんなところで泥試合などしている場合ではない。
このままではいけないと頭が警鐘を鳴らす。戦闘に没頭するあまり忘却しかけた自身の使命。
それをすんでのところで思い出したレスターだったが、実行しようと身体が動く刹那、思ってもみない出来事が彼に降りかかる。


ラグティスの左腕部から爆炎が上がった。同時にその腕が大きく震え、コクピットにも衝撃の余波が伝わってくる。
奮い立とうとしていた彼の気持ちを、一瞬で萎ませてしまったその正体は、敵が放ってきたバズーカの弾丸。
その榴弾は見据えるACからではなく、そこら中に展開しているMTの一機からもたらされたものだった。


あまりの展開にレスターも苦笑いを隠せなかった。敵はACだけではない、仕留めきれていないMTもまだまだ存在している。
酷い失態だ。と己を戒め、素早く認識を改め直した彼だったが、そのような致命的な隙を敵が見逃してくれる筈もなかった。


真横に吹き飛ばされたラグティスが体勢を立て直したころ、敵ACは既に自身の間合いへとラグティスを引きずり込んでいた。
二脚の左手から緑色の膜が伸び、瞬時にそれは振り下ろされる。ラグティスのコア目掛け一直線に進んでいくそれはブレードの一撃。


バックブーストでどうにか回避しようとするラグティスだったが、体勢を崩したことが響き速度が出ない。
どうにか二つに分割されることだけは避けたが、蒼いコアに残った黒色の裂傷は痛々しい傷として残ってしまった。


不幸はまだ終わらない。胸に傷をつけられながらも、間合いだけは離そうと後退を始めた矢先、ラグティスの動きが急に止まってしまったのだ。
操縦桿を力強く傾けても機体は一向に動かない。原因は脚部に付いている四本の突起が、思わぬ障害物に阻まれ、身動きが取れずにいたからだ。


最悪だ。それを間近で見たレスターは思わぬ光景に言葉を失った。
まさか、自分が破壊したMTの残骸で肝心の移動を阻まれるとは。これ程間抜けな失態はそうあるものではないだろう。

「ったく、足元には気をつけろってことか」

全てを諦めたかのようにラグティスの動きが完全に止まり、その両手がだらんと垂れる。レスターも座席に腰を深く預けたまま動こうとはしない。
敵の機体が再び鋭い発光を見せる。そして爆発。膨大なエネルギーが敵の機体を見る見るうちに彼の元へと近づいてくる。
敵ACは仕留め損なったラグティスを今度こそ鉄屑に変える魂胆らしい。恐らくその瞳にはラグティスしか見えていないだろう。

「今後の教訓だな。“お互い”に」

喜悦すら感じられるレスターの独白がそこで響いた。そして突如、無数の爆発音が周囲に轟く。その中心に敵ACの姿があった。
弾け飛んだのは敵がいた地面。もっと正確に言うならば、その地面に仕掛けられていた吸着式地雷が爆発したのだ。


逃げるように後退していたラグティスが、機体の肩に仕込んでいたそれを密かに撒いていた。ただそれだけのことだ。
そして諦めの色をわざと敵に晒し相手の油断を誘う。後は敵が素直に突っ込んでくれるだけで作戦は無事完了というわけだ。


激しい爆発と共に地面が崩れ落ち、大量の土砂が舞い上がる。無論、その中にいるACもただでは済まない。
崩れた足場で体勢が崩され、そして爆発本来の衝撃が機体の自由を悉く奪っていく。
かろうじて動けたとしても、足を付けた先にはさらに別の地雷が控えている。ラグティスが敷いた罠に逃げ場などは残されていない。


苦労させやがって。その想いを体現するかのように、ラグティスが持ち得る全ての銃器が唸りを上げた。
両手のライフルとイクシードオービットの猛烈な弾幕全てがもがき苦しむ敵に吸い込まれていった。
これまでとは比較にならない速度で敵の装甲が面白いように引き裂かれていく。

「あ、しまった」

そしてとどめと言うべき一撃が、文字通り天から降り注いできた。数え切れないほどの小物体が雨のように滴り落ち、
その一つ一つが敵の上半身に突き刺さっていく。次の瞬間には敵の全身が盛大な爆炎で彩られ、それが白煙と共に過ぎ去ったころ、
上半身をズタズタにされたACが、ようやく解放されたかのように抉られた地面の中に崩れ落ちていた。

「あー、頭上にも気をつけろって言おうとしたんだが……。すまん。忘れてた」

今回ばかりは使い道がないと思っていた爆雷搭載型ミサイルがこんなところで役に立つとは思いもしなかった。
不意に差した光明とはこういうのを言うんだろうな。と、咄嗟に編み出したものに対してレスターは純粋な驚きを覚える。

「ってもう遅いか」

黒炎を漂わせて動かない敵に未練などない。ラグティスへと飛来する銃弾は今もあるのだ。
緊張の糸を張り詰めていきながら、早々にその屍を踏み越えたラグティスは、何事もなかったように戦闘を再開していった。
まずは不意打ちを食らわしてきたあのMTからだ。屠る相手を見定めつつ、レスターは再びフットペダルを強く踏みしめる。


どうやら増援が来る様子は今のところなさそうだった。こんな大事になっているのにその気配すらないとはどういうことなのか。
嫌な予感が背筋を這い回ってくる気配を察知し、レスターはひとまずその疑問符を頭の隅に追いやった。

「おいおいおい……! 狙われてるのってもしかして俺?」

同時に、通信機の中から絶叫が飛んでくる。不意打ちを食らわせたMTを爆雷で粉砕し、とりあえずの標的を仕留めた彼は、
その結果生じた幾分かの余裕を有効活用し、やかましいその声の続きを聞くことにする。

「みたいね。あ、フォローする余裕ないから自分で何とかしなさいよ」
「フォロー? そんなもん要らないって。一分あれば終わるよ」

既にリアやジンも自身と同じくACとの交戦を開始していた。ただ、そのACは複数のMTに囲まれているアイギスよりも、
ウルスラグナを相手に選んでいた。遠目からでも、やはりかなりの銃弾を浴びていることがわかるアイギスより、
やっかいな横槍を執拗に入れてくるウルスラグナから先に撃破しようと言うのが敵のおおよその狙いだろう。


いつのまにかラグティスの周囲には敵と呼べる反応が消えていた。機体の損傷を確認し、彼はさらなる戦闘の続行を決断する。
左腕部と脚部が酷く損傷していたが、この状況ではこんなものは怪我とも呼べない。まだ自分には彼らを援護するという仕事が残っている。

「リア、大丈夫か?」

素早い動きでラグティスの方向を修正しつつ、彼は通信機越しに彼女に問う。

「問題ないです。ちょっと食らい過ぎちゃったけど、まだいけます」

ある意味予想通りの返答だったが、これにはレスターも顔が引き攣りそうになった。五機のMTに囲まれていながら問題なし?
彼女の返答、そしてディスプレイに映る現実、この二つがどうしてもレスターの頭の中で噛み合わない。
目の前の光景は「問題ない」という言葉の意味を再確認したくなるほどに凄惨なものだった。少なくとも彼の瞳にはそう見えた。
迷わずラグティスの右手が、アイギスへの包囲を固める敵群の一機に狙いを定める。だが彼はその行動が無意味であったことを瞬時に思い知らされていた。


超高機動機体とは言え、放たれる銃弾全てを避けきれるわけでもない。ましてやアイギスは軽量機、脆弱さでは他に群を抜いている。
それをわかっているのか、アイギスは浴びせかけられる無数の銃弾の中から、必要最低限のものだけを選択し受けていた。
決して退こうとはせず、あえてその弾幕の中に身を晒している黄金のAC。堂々たるその振る舞いの所為なのか、
レスターには敵が一瞬怯んだかのように見えた。そしてアイギスの姿が突然消える。爆発的な加速力が金色の機体を突風に変えたのだ。


動きを止めてしまったMTをアイギスという名の風は誰よりも早く捉えていた。弾切れか、それとも何かのトラブルか。
理由はともかくとして不運としか言えなかった。中にいたパイロットは、自分が地獄行きを宣告されたことすら判断できなかっただろう。
レスターを含むその場に関わった全員が次にアイギスの機影を捉えたとき、MTの胴体部分には見事とも思えるほどに巨大な風穴が開いていた。
金色の影はもういなかった。あの水色の刀身が刺し貫いた跡、それだけがくっきりと残されていただけで、当の機体がどこにも見当たらない。


どうやらアイギスは敵の反応速度よりも常に一歩先を進んでいるようだった。そのわずかな差異がリアに攻撃の機会を運んでくるのだろう。
軽快な機動で敵の死角を突き、気づかれる前に颯爽と離脱する。机上の空論にも聞こえるが、アイギスにはそれができた。
そんな機体の手に掛かれば、MT五体などもものの数ではないということなのか。援護しようとしていたレスターの手は既に止まっていた。


上空からアイギスが降下してくる。敵は未だに腹を貫かれたMTを凝視していた。かというレスター自身もそうだった。
彼が気づいたころには、またしても別の機体が真っ二つに切断されている。刀身が地面に到達するころ、アイギスは更なる獲物へと向けて右腕を振り上げる。


豪快な発射音を背に飛び出したのは二発の榴弾。アイギスが持ち得る唯一の飛び道具だ。
ロックオン機能を有していないが故に、使用には精密な補足能力が必要となる武装だったが、
アイギスのような至近距離に特化した機体にとってそんなものは不要。鼻先で叩きつける、それで十分だった。


そんな理屈に基づき、その二発が真新しかったMTの脚部と胴体にそれぞれ激突する。高い装甲貫通力が例外なく発揮され、
比較的細い脚部は接続部位を根こそぎ砕かれていた。胴体の部分では貫通こそしなかったものの、弾丸は人で言う内臓部分にまで侵食。
そして込められた炸薬が破裂し、内蔵されていた周辺機器、配線類などを炎と衝撃波で引き裂いていった。


黄金の装甲にはその間、一発の銃弾も放たれてはいない。だがアイギスの損傷は生々しいものである。
近くで見ればその損傷は一目瞭然だった。あちこちの装甲がめくれ上がり、生々しい金属の光沢が壮麗な金色を汚していた。
一連の機動だけを見れば、これだけの損傷をアイギスが負うこと自体がレスターには不思議に思えてくる。

「これで十七機目……」

不意に彼女の口から零れた呟きが、すぐその疑問を彼の頭から押し流す。彼がAC相手に躍起になっているころ、
彼女もまた壮絶な量の敵と戦っていたのだ。危険度はAC一機を相手にしたレスターと同じか、それ以上のものだったのだろう。


そうすることが彼女の役割。どんなに危険な場所だろうと必ずその場に留まり続け戦い続けなければならない。
決めたのは他でもない、リア自身だ。アゼルの申し出にも文句一つ吐かなかった。彼女はあくまでそれに応えているだけ。
いついかなるときでも敵の矢面に立つ誇らしいその姿は、今この瞬間にも抜群の存在感を示していた。


レスターが彼女を援護しようとした矢先、アイギスを取り囲んでいた残りのMTが、突然炎に包まれ爆散する。
一体何事だ、と状況を確認しようとしたレスターだったが、

「なあ、リア? 今で何秒経った?」

何とも退屈そうなぼやきが聞こえ、その思惑もどこか遠くに消え失せてしまった。自分とリアが必死に戦っているというのに、この馬鹿は……。
ジンに対する憤慨が身体の中で再び燃え上がり、睨みつける形でレスターはウルスラグナに視線を注ぐ。

「六十二秒。残念だけど時間切れね」
「……マジかよ」

気概が殺がれるような癇癪とは裏腹に、彼の目だけははっきりとした事実を映していた。ウルスラグナはアイギスの援護に徹していた。
それは変わらない。だが、当のウルスラグナは、信じられないことにAC一体を相手にしつつ、アイギスへの援護を続けていたのだ。
そしてそのどちらにも寸分の狂いなく己の武器を叩き込んでいる。その証拠に緋色のACは己の敵を既に破壊寸前まで追い込んでいた。
グレネードランチャーの咆哮から硝煙をたなびかせながら、バズーカとマシンガンの猛烈な火力が敵の命を蝕んでいく。


ジンという男はこの状況を間違いなく楽しんでいる。それもゲーム感覚でだ。華麗でありながらもその動きは至る箇所で無駄が見え隠れしている。
善悪の区別など彼には存在しない。死への恐怖も、後悔も、罪の意識も彼は何一つ意識していない。あるのは純粋な遊び心だけ。
彼は戦場という名の魔力に掛からない。むしろそれすら味方にしてしまうほどだ。それほどまでに彼の才能は飛び抜けているのだろう。
結果として、それは彼から躊躇いという概念を奪い去り、戦闘時における独特の高揚感が、彼の潜在能力を限界まで引き出している。


それがジンの強さの源。アゼルが恐れるのも無理はなかった。死を知らず、挫折も知らずに生きてきたジンからは全く先が見えない。
一度箍が外れてしまえばどうなってしまうのか。それが誰にも予想できないのだ。


けれどもこの場においてのみならば、この才能ほど頼りになるものはない。援護すべきものをなくし居場所をもなくした両肩の砲台が、
ウルスラグナの上で獲物を探している。そしてそれは半壊しかけたACにそれぞれの魔手を向け始めた。
敵であるフロート型ACも最後の足掻きとばかりに、ウルスラグナに向けてプラズマライフルを撃ち放つ。


まともに相手をされないことに対する怒りが具象化したのか、レスターにはそのエネルギーの塊が想像以上のものに映った。
攻撃に重点を置いたウルスラグナにとってその光弾は脅威。緋色を今まさに飲み込もうとしている発光体にはそれほどの圧力があった。


その桃色の煌きがウルスラグナの左手を飲み込む。衝撃に根負けしたのか、緋色の機体が右に傾いていった。
今度こそ拙い。確信したレスターは背を向ける敵フロート目掛けて、ラグティスを向かわせる。


結局はそれも杞憂で済んでしまった。プラズマライフルが放たれた瞬間、ウルスラグナが持つバズーカが敵目掛けて放たれていたのだ。
つまりは互いの攻撃が交錯したことによって、両者の体勢がほぼ同時に崩されたことになる。後の問題は、どちらがいかに早くそれを立て直すか。
だが、四本の足を大地に根ざす四脚と常時浮遊状態にあるフロートとでは、機体の安定性の差異など語るまでもないことだった。

「食らいやがれ」

その叫びと共に相手に届けられたのは特大の榴弾。敵にそれを受け止めきれるだけの防御力はもう備わってはいなかった。
身震いするような轟音と共に内部から砕けていくAC。
焼け焦げた腕や頭部の名残が散乱していく様子を見ながら、レスターは自然と湧き出した虚脱感を外部に吐きだした。


常に彼らの生存を危惧していたレスターに対し、肝心の彼らは助けなど一切求めようともしない。
リアとジンの技量、連携、そして立ち振る舞い。それら全てが彼の想像を大幅に上回っていた。何とも笑える話だ。

「こっちの敵は全て破壊しました。レスター、そっちは?」

その事実に唖然とし言葉すらなくしかけた彼に向かって、リアからの無感情な報告が届く。
抑揚のないその声で我を取り戻したレスターは、慌てた様子で応えていた。

「あ、ああ。こっちはとっくに終わってる。今からお前らの援護に回ろうとしてたんだが……」
「そんなことレスターが考えることじゃないですよ。必要なら自分でそう言います」
「そうだな。そりゃそうだよな……」

二人に対する評価を根底から見直さなければならない。たった今それを痛感させられた。
長年彼らを観察してきたが、これほどまでとは思わなかった。過小評価していたのは何もアゼルだけではなかったと言うことか。


程度の違いはあれどレスターにもそんな感情は少なからずあったということだ。二人は既に守られる立場にはいない。
かつての弱々しい彼らはもう存在しない。そんな面影は今すぐ捨て去るべきだ。誰かがそう告げている気さえした。

「こっちも全滅! なんか俺、あんまし働いた気がしないんだけど」
「左腕取られといてよく言うわ」
「あ、これ? これは機体のダイエットみたいなもんだよ。良い具合に弾がなくなりかけてたもんで」

戦力としては申し分ない。そう思いかけた矢先、レスターの脳裏に何かがよぎった。
見えたのは、彼らを参加させることを最後まで渋っていた男の暗い顔。今ならその意味がわかる。
あの男――アゼルはこうなることを恐れていたのだ。二人が戦力として認められ、そして彼と同じ戦場に立つことを。


実力不足と言い張って、今まで二人を意図的に遠ざけてきたのだがアゼルだ。
その手段がもう通用しない。あろうことか自分自身がその証人になってしまった。


これを知った彼は何を思うのだろう。果たすべき信念を取るのか、それとも共に歩んできた仲間を取るのか。
決めるのは本人しかできない。アゼル、お前はそれを決断できるのか……?


先刻まで爆発や銃声が鳴り響いていた喧騒も、今では夜半らしい静寂に立ち戻りつつあった。
だがまだ終わりではない。ラグティスの広範囲レーダーはまだ相当数の敵が残っていると告げていた。
考えるのはそれらを排除してからだ、と思考の淵から帰還したレスターは、確認のために再度レーダーに目をやる。

「って何だありゃ?」
「どうした、ジン?」

そしてそこには思わずはっとしてしまうような現象が起こっていた。さらに奇妙なことにジンからも拍子抜けした声が漏れる。
敵の反応が、ほんの一瞬目を逸らせた合間に減少している。見間違いではない。それはレスターが見ている最中にも起こり続けていたのだから。

「いや、一瞬向こうで何か爆発してるような気が」

単なる見間違いではなかった。未だレーダーに残る反応、そして遠くで炸裂する数多の爆炎。
これらだけでは確実な答えは出ない。だがそれでもレスターには絶対の確信が芽生えていた。

「もしかして、これって……!」

どうやらリアもそれを把握したようだった。収まる気配を見せない轟音をこの場にいる全員が聞いていることだろう。
遠目から見えるうっすらとした閃光に目をやりつつ、無愛想なあの表情をうっすらと想像したレスターは、

「ようやく来やがったか」

とだけ呟き、ラグティスをブーストを限界寸前まで爆発させ、その地へ足を踏み入れようとしていた。





冷え切ったコクピットの中でも男の顔はそれにも勝る冷徹さを醸し出している。生気すら通っていないかのようにすら感じるそれは、
既にその男が準備を整えていたということを表していた。恐怖も躊躇いもない。不必要と思えるもの全てを排除しきった末に完成した無表情。
それこそが男――アゼルが導き出した戦闘スタイルだった。血塗られた漆黒を駆る彼の前には無数の敵反応がある。
漆黒の速度は変わらない、むしろ速度を増しているようだった。その行動こそが彼の迷いのなさを鮮明に示していた。


待ち伏せされていようとなかろうと彼にとってみれば関係ないことだった。レスターたちが戦闘に入ったにも関わらず、
敵の背後に潜りこもうとしたアゼルを出迎えるようにして、前線と比べても負けず劣らずの戦力がそこにはいたのだ。


十中八苦、事前に仕込んでいた計画は敵側に察知されていた。だが、それもアゼルにとっては参考程度のものにしかならない。
ラスティ・ファランクスの情報網がどれほどまで広範囲に及んでいるのか。それを確かめるためにアゼルはあえて彼に全てを委ねたのだ。


そして出た結果がこれ。敵の布陣、雇われたガードやレイヴンの数。それら殆どがあの男の予測通りのものとなっている。
“奴ら”の行動パターンを知り尽くしたあの男だからこそ成せる業。しかし、これも所詮は壮大な騙し絵の一部に過ぎない。
アゼルもあの男も、そしてレスターたちも、今はただそれに流されているだけ。全ては事前に仕組まれたシナリオ通りに進んでいる、進んでしまっている。


その一幕を演じきる為に、エリュシオンが闇を纏って敵陣内へと入り込んでいく。無謀とも思える特攻にも見えたが、
帯状に展開する包囲網の中にエリュシオンが足を踏み入れても、不思議とその装甲には一発の銃弾も放たれることはなかった。


空中に浮遊する電波妨害装置が、エリュシオンをわずかな時間だけ不可視の存在へと変貌させる。一瞬の猶予がもたらすもの。それは絶対の勝機以外にはない。
加速を続けるエリュシオンは、一体のMTを照準に入れた直後にすかさずマシンガンの封印を解き敵を穿つ。
銃口から発光が迸り、何十発という弾丸が敵の胴に突き刺さった。間髪入れず、その動作が終わりきるより早く、
エリュシオンは次なる標的を選定し、今度はショットガンによる猛烈な瞬間火力を叩きつけていた。そして妨害電波のあまりにも短い生涯がそこで尽きる。


端を発したように、わずか数秒後には逃げ場が見当たらないほどの銃撃の雨がエリュシオンを取り囲んでいた。
もちろんアゼルには全て予想済み。百も承知とばかりにエリュシオンは、それ以前に地を蹴りその場を離れていた。
敵が見ているのはあくまで漆黒の影でしかない。当の機体と言えば、既に別のMTの背後に忍び寄っている最中だ。


肩の小型ロケットランチャーが敵の背中を大きく弾き飛ばす。敵の体躯はあろうことか今まさに乱れ飛んでいる銃弾の中へと吸い込まれていき、
何十機もの機体が作り出す弾幕の中に身を投じていった。銃声が収まるころには、その機体はもう原型を留めてすらいなかった。


エリュシオンは再びその場から姿を消す。だが漆黒の機影はそこから一歩たりとも動いていない。レーダーに表示されないだけで、機体はずっとそこにいた。
にもかかわらず敵はそれを迎撃できずにいる。自動照準に頼りきっているそんな彼らを嘲笑うかのように、エリュシオンは両手の銃器で敵を蹂躙していった。


敵一体を弾幕の中に投げ入れた結果からアゼルには敵機体の大まかな耐久値というものが考察できていた。
もちろん多種多様の敵にそれだけが参考となるわけではない。けれど、戦い方は自ずと見えてくる。


二つ目のECMが地に落ちるころ、エリュシオンは素早く自らの巨体を敵が密集した地点へと滑らせていた。
敵パイロットにはエリュシオンのバイザーが撃ってみろ、と誘っているように見えていることだろう。事実、アゼルは誘っている。


マシンガンとショットガンが唸りをあげ、装甲の破片が一面に舞う。まるで踊りを連想させるほどに小気味好く敵を屠っていく漆黒の姿は、
敵にとってはまさに恐怖そのものとしか映っていないだろう。そしてその逡巡がエリュシオンがつけ込む隙を量産することになる。


もちろん、MTが放つ銃弾の多くはエリュシオンの装甲を引き裂いていた。ECMが効果を示している合間でも、
苦し紛れの目視射撃が行われ、それが漆黒の機体に確かな銃創を残すことも少なくはなかった。
だがそれでも、たった一機のACが作り出す戦場としては、やはり異常極まりないものであるのは事実。
止まることのない悪循環は衰えることなく周囲に蔓延し、数分と経たずうちに、その大半が物言わぬ塵となって地に伏す結果となった。


ふと彼はレーダー内にACの姿を捉えていた。だが、強烈な高揚感と覚醒した頭脳がフル回転している現時、
アゼルにとってはその事態すら単なる結果にしか見えなかった。MTだろうとACだろうとやることは同じ。
素早く銃器の残弾数を冴え渡っている頭の中へと叩き込み、アゼルは視界に入ってきたACの姿を己が目で睨みつけた。


自分とは対照的な白い逆関節型のAC。とっくに見飽きている配色に嫌気が差したのか、彼は即座にエリュシオンを前進させる。
射撃戦に持ち込みたいという相手の思惑は装備を見ればすぐに判別できた。その思惑通りに敵から榴弾が飛来する。
携帯用に切り詰められたハンドグレネードランチャー。執拗に追いかける気配もないそれをエリュシオンは容易く回避していく。


アゼルは続けて機体を瞬時に捻りこみ方向修正を施す。瞬間、凄まじい速度で何かが掠めていった。
スナイパーライフルの弾丸であることはあらかじめ察知がついていた。それはあまりにも陳腐で、そして単純すぎる戦術。


どういう訳か、その姿が以前戦ったあの機体と重なる。同じようにアゼルを誘い込もうとしてきたあの純白のACのことだ。
そしてあの機体が突如見せた変貌。だが少なくとも、今戦っている機体からそのような気配がないことだけは確かだった。


この程度で止められると思った連中がどうしようもなく憎い。舐めているつもりなら、それ相応の結末は覚悟するべきだ。
どうしようもない怒りがそ迸り、トリガーを握る彼の手にもさらに強い力が篭もった。目の前の敵を完膚なきまでに叩きのめす。
決断したアゼルだったが、時を同じくして敵ACに異変が起こった。何が起こったのか。その機体が大きく仰け反っていたのだ。

「結構派手にやってるじゃないか」

続けて敵の背中が何度も叩かれる光景が目に映った。アゼルがその光景に疑問を抱く前に、答えは自然と寄せられていた。

「レスター、か」
「けっ。俺じゃ不満なのかよ」

熱く滾った心に水を注がれた気分だった。感情の制御が効かなくなることを咎めているかのような一声にアゼルはそんなことを思う。

「そういう意味じゃないさ。向こうはもう終わったのか?」

予想外の一撃にその場で膝をつく敵AC、その背後を掠めるようにしてレスターの機体――ラグティスが駆け抜けてきた。

「とっくの昔にな。ところがだ。実は俺、全然働いてないんだ。と言う訳で助太刀に参りました」
「……そうか。で、あいつらは?」
「適当にその辺破壊させて先に帰らせた。それがお望みだったんだろ?」

アゼルの今の心情を見透かしているかのようなレスターの応答に強ばっていた表情の一部が緩んでいく。
どう言って良いかわからないまま時だけが過ぎていった。けれどもレスターはそれを待たないまま呟いた。

「結局、何だかんだ言っても――」

彼がさらに言葉を紡ごうとしたころ、上空で何かが爆発していた。それは、丁度敵の真上で小型の発光体へと分裂し、それぞれ自由落下を始めていく。
だが、敵は見事にそれに気づき、素早いバックブーストで難を逃れていた。無数の爆弾は誰もいない大地を抉るだけに終わる。


「ああ、くそっ!」と言いかけた言葉を中断して、レスターが悔しそうな声を発していた。抜け目ない性格は今も健在か。
と、敵と交錯の際に爆雷ミサイルを密かに発射していたレスターの手腕を、アゼルは心の中で静かに称える。

「ともかく、俺はお前の後ろが一番性に合ってるみたいだ。今回のでそれがよぉくわかった」
「何かあったのか?」
「大ありだよ。何だよ、あいつら。俺の出番までごっそり持っていきやがって……!」

一人のときとはまるで違う心地良さがあった。作り笑いも、ただ合わせるだけの言葉も発揮されることはない。
塗り固めていた仮面がそこで自然と剥がれていき、アゼルの真の表情をあらわにしていく。だがそれを見る者は当然ながらいない。

「で、俺は今から何をすればいい?」
「残りのMTを。このACは俺がやる」
「了解だ」

流れるようなやりとりで、彼らはそれぞれの仕事を負う。これ以上の言葉は要らない。
互いの思考を理解し、信じ合っているが故に辿り着いた境地。背中を預けられる唯一無二の存在。それが彼らだった。


鋼鉄の仮面を再び被り、アゼルは新たに出現した敵意を逆脚ACに向けた。標的を押し潰すかの如き圧力でエリュシオンは敵に追い縋っていく。
結局のところ、アゼルはまだ一撃たりとも敵に浴びせかけてはいない。だがAC対ACにおける被弾率などアゼルにとっては何の参考にもならなかった。


敵のスナイパーライフルがエリュシオンのコアに突き刺さる。弾速と弾丸自体の威力がコア全体を揺さぶり、コクピットを激しく上下させた。
迫ってきた榴弾が続けてそのコアを叩く。種類の違う衝撃が連続して漆黒を襲い、たまらず機体が豪快に仰け反っていた。


被害箇所が逐一AIによって報告されていく。アゼルはそれを軽く聞き流す程度に留めて、さらに機体を前進させた。
一発一発が及ぼす損傷もこれで把握できた。導かれた結論は、言うまでもなく続行あるのみ。
狙い済ました槍の一突きのように懐にまで飛び込んでいくエリュシオン。その左手は己の出番が来るときをひたすら待っている。


弾丸の充填が終わったのか、再び敵の銃器がエリュシオンに放たれる。以前よりも遥かに近い距離にも関わらず、
エリュシオンは見事な切りかえしで二発の弾丸を回避していた。それに伴って生まれた致命的な隙を漆黒は逃さない。


今まで多くの敵を屠ってきたショットガンがエリュシオンの手元から離れていった。そして現出する切り札。
装甲の概念すら無視してしまうこのブレードが黄金に輝く刀身を発生させ、白いACのコアに狙いをつけている。


当然、敵はその動きを捉えると一目散に後方への退避を始める。射撃直後の隙はあれど、エリュシオンの速度を綿密に計算に入れた上での回避。
短い刀身ではコアを貫くには至らない。誰しもがそう考える状況だった。だがアゼルはその予想を根底から粉砕しようとしていた。


瞬間、エリュシオンの右腕、そして肩からありとあらゆる武装が剥がれ落ちていた。全ての攻撃力を黄金のブレードに凝縮するため、
アゼルはほぼ全ての兵器を取り除くことを決断。機体の重量を無理矢理削ぎ落とし、結果、通常以上の機動力を得ることに成功した。
敵の目測とは明らかに違う速度で敵に肉薄するエリュシオン。瞬間的に得たその加速が金色の刃を敵のコアへと到達させる。


爆発などもない静かな終焉だった。損傷が殆ど見えない白い体躯。けれども、コアの中心部分のみ身の毛もよだつほどの大穴が開いていた。
穴の端から火花が上がっている。だが対処すべき筈の人間はもういない。黒ずんだ装甲と同じく消し炭となったか、それとも完全に消滅したか。
考えるまでもなくそのどちらかしかないのだが、エリュシオンは関係ないとばかりに、力なく立ち尽くすその躯体から既に目を逸らせていた。


コクピット内から周囲を見回せば、既に敵と言える存在が全て消失していることがわかる。
唯一見えるのは、破壊した機体から漂う炎に囲まれていたAC、ラグティスだけであった。

「これで任務完了だな」

レスターの気の抜けた声が響く。とりあえずその声に応じようとしたアゼルだったが、

「さて、それじゃ説明してもらおうか。今回のこと全部」

間髪入れずに飛び込んできた声に阻まれて、彼は口を閉じるしかなかった。

「まさかお前、気づいてたのか?」

勘の冴えるレスターのことだから。とは思っていたが、やはりいざ指摘されると巧く言葉が出てこない。
知っておくのは自分だけで十分だ、と言い聞かせて単身での奔走を繰り返してきたしっぺ返しがここで来たのだろうか。

「全部とまではいかないが、なんとなくな。とりあえず説明はしてもらうぞ」
「前に言ったとおりだよ。陽動だ。でも単なる陽動じゃない。何て言ったらいいのか。……アピール、かな」
「アピール?」

口が思うように回らない。本当ならば洗いざらいぶちまけたいところなのだが、現状が邪魔しているためにそれも叶わない。
最初から声のみで話す内容ではないのだ。重要な点を掻い摘んだ程度で、それで納得が得られるとも思えない。

「“奴ら”の拠点を徹底的に破壊しつくして注意を惹き、俺たちのもとへ誘い込む。それがあの男、ラスティの考えた作戦の一部だ」
「じゃあ、あのいかにもな文章も……」
「あれはあいつの独断だよ。でも敵は見事にその誘いに乗ってきた。ここに増援が来なかったことがそれを証明してる」
「と言うと?」

そして辿り着いてしまった核心部分。言うしかない状況にまで陥ってしまった現実。償うべきものを目の前に置かれ、アゼルは腹を括った。

「“奴ら”は最初からこの施設を見捨てる気だったんだよ。だから増援も来なかった」
「何……? じゃあ、俺らが今までやってきたことって……」

拳骨を見舞われる程度の覚悟はできていた。命を賭けるに値しない戦場で、何も知らずに戦ってきたレスターたち。
この場に指揮者なる者が存在するならば、その者には彼らが必死に役を演じる道化に見えたことだろう。
全身を銃弾で炙られ続けながらも、大義すらない戦場の中で彼らはこうして生き残った。だが、それを称える声は「ご苦労様」程度のものでしかないのだ。

「無駄骨ってわけじゃないが、それでもそれに近いのは確かだ。否定はしない」
「…………」

全てにおいて仕組まれた戦場、それが此処だ。ラスティの細工染みた犯行声明にわざと乗った“奴ら”は、
このE地区における排除候補を選定し、そして彼らの一部をここに招いてきた。おそらくその手段も用意周到だったことだろう。
そして彼らはアゼルたちの戦力を推し量るためだけに、こうして己に課せられた役目も知らずに果てていった。


必要なのは真の力だ。綿密に練られた作戦で力を認めさせねば、散っていった者たちが報われない。
だからこそアゼルは全てを欺き続けるしかなかった。それがたとえ味方であったとしても。

「不満はあるだろうが、今はそれくらいしか言えない。とりあえず今は撤退するのが先だ。この続きは後で必ず話す」

はっきりとした口調でアゼルは呟く。咎められることをあらかじめ念頭に置いているような口振りだった。
間違った手段であるのはわかっている。だが成すべきことを果たすためには、他に方法がなかった。
自分でも言い訳にしか聞こえないそんな想いを内に秘め、彼はレスターの返答をただ静かに待つ。

「……そうしてくれ。少なくとも今のままじゃ納得がいかない。あいつらだってきっとそうだろうよ」

アゼルの心情を知ってか知らずか、意味深な溜め息の後で無線機にそんな声が響いてきた。

「わかってる。二人にも俺から直接話すさ。もう話していいころだと思うから」

失敗だったのかもしれない、とアゼルは今さらながらに後悔した。自分のためについてきてくれた彼らに仇を返してしまったような後悔。
逆に仕方がなかったと慰める同情心も存在している。両者が頭の中で混濁しせめぎ合い、アゼルの心をかき乱す。

「すまない。これだけは、たとえお前でも言えなかった」

いっそ全てを忘れて非情になれればいい。そうすればこんな台詞も心苦しくなくなるのに。
見捨てることも、罰を下すこともできない哀れな男が自分だ。そんな自分自身をアゼルは幾度となく憎らしく思ってきた。


以前はそれがお前の良さだと指摘してくれたレスターも、今は無言を貫き通していた。
しんと静まり返った空気の中、もうこれ以上話が進展することはないと悟ったアゼルは、黙って通信機のスイッチを切断した。


エリュシオンが加速して離脱を始める。ラグティスもまたその動きを察知し漆黒の後に続いていた。
視界に飛び込んでくるのは、戦場の名残と言うべき亡骸の数々。問題は多々あれど、これで一応の準備は整ったことになる。

「来い。必ず、必ず殺してやる……!」

唇をかみ締め、アゼルは吐き捨てる。“奴ら”へのこれが彼なりのメッセージ。
無残な光景とその宣告を置き土産として残し、彼とエリュシオンはその場から姿を消した。


漆黒と蒼、二つのACが姿を消してもなお、吹き上がる炎や硝煙の香りは消えることはなかった。
まだ終わっていない。その情景は、まるで戦場全体がそう告げているかのように見えた。



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