ARMORED CORE Stay Alive TOP

21.


身体から滲み出る焦燥が抑えられない。いつまでこんなことを続けなければならないのか。疑問を口にしても誰も応えてはくれない。
砕け散る破片をその紅に彩られた体躯に浴びながらも、紅のACは敵の爆撃から辛くも逃れることに成功していた。
休む暇もなく、紅のAC――ウルスラグナは慌てているような様子で、次の避難箇所を目指して移動する。巨躯を引きずる様は逃走以外の何物でもなかった。


いつしか、繰り返される爆音に苦痛を感じることもなくなっていた。嫌と言うほど聞きすぎてしまった影響なのだろう。
特に必要のない発見をしながらも、ジン・フェーベルは周辺の確認を怠ってはいなかった。緊張感漂う双眸が何よりの証明だった。


普段はこれほど執拗にレーダーを確認することもないジンなのだが、今回だけは違った。
おそらく、ディスプレイを眺めるよりも、レーダーを眺めることのほうが多いと言っても間違いではない。
異常とも言える頻度だったが、それでも足りないのだ。釘付けにでもしない限りは安心などしていられないほどに。


そして、コクピット内にまたしても耳障りな音声が響く。次いでウルスラグナのレーダーが妨害電波にさらされ、まともな機能を示さなくなった。
通算にして三度目の妨害行為。悪い兆候だった。苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、彼はさらに機体を見通しの悪い場所へと移す。


だが直後、身を隠した場所の近傍で、巨大な火の玉らしき物体が突き刺さり、
次の瞬間には、彼の機体色にも似た紅蓮の炎が、周囲一帯を焼き尽くしながら、ウルスラグナに容赦なく迫った。

「ああ、またなのかよっ!」

炙り出されたかのように、大通りに飛び出してしまうウルスラグナだったが、ジンはその先に何があるかをすでに知っていた。
本当は覚えたくなどない。絶対にお断りだ。だが、こう繰り返されれば嫌でも覚えてしまう。記憶に捻り込まれてしまう。


ジンが目を上げると、一機の特徴あるACが宙に浮いているのが見えた。
ブースターの光を背中から噴出させ、今の今まで散々彼やリアを弄んできた凶器を携えながら、ゆらゆらと漂うACが一機。
赤紫色という濃い装飾の隙間から黒い装甲板を覗かせるそのACこそが、ここまで彼らを追い詰めている元凶に他ならなかった。


何よりまず目につくのが、眼前を浮遊する赤紫色のACには、武器の類が一切握られていないということ。
いや、握られていないというのには少し御幣がある。正確に言うのなら、腕部そのものが武装と化した特殊な構造をしているのだ。
これまでに幾度となく繰り返される爆撃は全て、グレネードランチャーをそのまま装着させたかのような構造をしたその特異な腕部に寄るものだった。


長い砲身と逆関節という機体構成は、およそACという枠組みからはみ出したような形状を持っていた。
MT、もしくは爬虫類とでも言ったほうがしっくりとくる。浮遊しているという点がそれらをさらに際立たせていた。


こんな化け物染みた、いや、化け物と戦う羽目になろうとは、数十分前のジンは思っても見なかっただろう。
不機嫌極まりなかったリアのご機嫌を取るためだけに頭を動かしていた頃の記憶は、すでに彼の頭の中から消え失せようとしている。


待機。それこそが今回与えられたジンの本来の仕事であった。最悪の場合を想定した保険。
アゼルが言うには、こういうことらしいのだが、ジンはそれほど馬鹿でもない。彼の意図する部分はすぐに察することができた。


自分やリアは、足手まとい。まさに単純明快な理屈である。
これから行われるであろう戦闘に、二人が必要とされていない。だからこそ、彼はこのような指示を出してきた。
保険と言われれば聞こえは良いが、それはつまり、蚊帳の外に置かれたのと何ら変わりがない。


アゼルの別命が寄越されるまで、ジンはただひたすらに暇を持て余した。遠くの方からけたたましい爆音が響いてきても、
ああ、始まったかと思う程度で、彼はそれほど興味を持たなかった。と言うより、持てなかった。
命を賭けて戦っているであろうアゼルの姿を想像し、彼が抱いたものと言えば、一体自分は何のために来たのだろう、という哀愁にも似た虚しい感情だけだった。


アゼルの意図することは、もちろんジンも知っていた。今回に限り、ジンそしてリアは彼の力にはなれない。
わかっていたことだが、それでも彼の胸の内には鬱屈とした気持ちが漂っていた。
理解はできても納得はできなかった。アゼルの元に身を寄せてからもう何年も経ていると言うのにだ。


だがこんなことで、彼に対する尊敬の念は変わらないし、ジンが目指す指標という点では揺るぎもしない。
ジンにとってのアゼルとはそういう人間だ。それは変わらない。彼が誰よりもジンを気にかけていることも、
レイヴンという職にジンが身を置くことを嫌っていることも知っている。それでもアゼルはジンの意思を尊重し続けてきた。


だからこそジンは悩む。自分が死ぬかもしれない状況にも関わらず、それでもジンの身を案じ待機という指示を下すことが、
本当にアゼルにとっての適切な判断と言えるのだろうか。他人の命を考えるあまり、彼自身が危険に晒されては本末転倒ではないのだろうかと。


いっそのこと、指示を無視して彼の応援に向かえば良いではないか。悩み抜いたあげくの結論がそれだったが、
そういう問題でもないのがこの部分の難しいところだった。たとえアゼルの元に向かったとしても、今のジンでは邪魔にしかならないからだ。


それに、いざ行こうと思ったところで、隣にいるリアが許してくれないだろう。ジン以上に不満を溜め込んでいるであろうリアだが、
彼女はそれでも、アゼルに言われたことならまず反論しない。彼女はそういうところで融通が利かないのだ。
ジンを遥かに凌ぐほどのわだかまりを抱えているにも関わらず、何も言わずにただ一人落ち込むところを見ても、それはよくわかる。


刻一刻と時間だけが過ぎていく間、リアとの会話にいそしみながら、ジンはそうして暇を持て余していた。
大地を揺らす地響きが一段と強くなるのを彼が感じたのはその頃だった。何かが崩れたように黄土色の粉塵も容易に確認できる中、
それでもアゼルからの要請はなかった。ジンは喜びと不安を混ぜたような複雑な心情で、ただリアとの会話を続けていた。


このまま何も起こらないこと。それが理想だった。そして問題なく仕事を終えたアゼルらと合流し、ともに帰る。
彼からの連絡がなければないほど、少しずつ、だが確実に、その思い描いた理想に近づいていることをジンは静かに感じ始めていた。


異変が起こったのはちょうどそのときだった。無味乾燥していた筈の場所で、突如として見知らぬ爆発が起こったのだ。
炎と粉塵が大量に舞う光景をいきなり目の当たりにし、ジンは一瞬我を忘れて、そのありえない光景に視線を釘付けにされる。


武器の暴発かと思ったが、当のジンに心当たりはない。ならリアかとも思ったが、アイギスには派手な爆発を起こすような装備はない。
となれば、答えは一つしかなかった。導き出された結論に従い、ジンは機体を旋回させ、通常の倍以上の緊張感を伴いながら周囲を探る。


地上にはやたらと目立つアイギスの姿しか確認できなかった。アイギスもまた同じだったようで、
まさに理解不能だと言わんばかりに、ウルスラグナとアイギスの二機がお互いに顔を見合わせた。


彼ら二人が異変の正体に気づいたのは、それから数秒後。張り詰めた殺気が、急にジンの背筋を震わせ、
反射的にその危険伝達を受信した彼は、大器の片鱗を窺わせるような人間離れした反応速度で、その場から飛び去っていた。
アイギスも一拍遅れて続き、直後、二発目の爆発が彼らが元いた場所のちょうど真ん中で鳴り響いた。


それが現在においてまで、彼らに苦汁を舐めさせ続けた元凶である赤紫色のACとの最初の邂逅だった。
そこから先はもはや悲惨と言うしかない。問題なく勝てる。いきなりの奇襲を受けた当初は、ジンにもそんな甘い考えがあった。
宙に浮かび続ける謎の逆関節。だが、ACとしてはアイギスにも勝るとも劣らない貧弱な装甲が、彼の目に留まった。
簡単だ。ウルスラグナに搭載された武装ならば何でもいい、その中で渾身の一撃を叩き込めれば楽に打ち砕ける筈だと。


だがそんな愚直な考えは、戦闘開始からものの数十秒で塵と成り果てた。
周囲を遮蔽物に囲まれ、まともな攻撃すらままならないこの舞台こそが、彼の甘すぎた思考を粉々にした最大の原因であった。
元々砲撃戦を前提に組まれているウルスラグナでは、閉所での挙動が極端に制限される。
手当たり次第に撃ちまくっても、それはすべて周りの建物に吸い込まれ、無駄な土埃を撒き散らすだけで大した効果が挙げられないのだ。


まるで手足を縛られているようだとジンはコクピットで叫んでいた。
敵が真正面から飛び出してくれるような奇跡的な現象など当然起こるはずもなく、空中に飛び出した赤紫のACを地上から迎撃するといった、
単調な攻撃しかできないことを歯噛みながら、彼は目を吊り上がらせて、優雅に飛び続ける敵を睨みつけるしかなかった。


アイギスにも同じようなことが言える。こんな場所では、あの機体の最大の武器である機動力が殺されてしまうのだ。
加速しようにも、すぐ目の前に壁が迫ってくる。もちろん、これでは相手の死角も取ることはできない。


まさにアゼルが言った通りの展開だった。特徴と呼ばれる特徴の、ほとんど全てが封殺されてしまうこの舞台では、
ジンとリアの機体はそれこそ個性の欠片もない、欠点だけが露呈されたような存在に成り下がってしまう。


逆に敵の方はと言うと、皮肉としか言えないほどに、このステージを有効活用していた。
逆関節そのものの跳躍力とありえないほどに耐久時間の長いブーストの二つを効果的に活かした空中戦を基本とし、
腕部とグレネードランチャーが一体となった特殊な武装で、彼らに対して一方的な爆撃を繰り返している。


回避運動も見惚れるほどに上手かった。ウルスラグナが地上からバズーカやグレネードを放つと、
次の瞬間には、そのACは地上に落ちるように急降下し、ビルの間に姿を隠してしまう。そして頃合いを見計らって再び上空に戻るのだ。


完全に地の利を得た戦い方。まともに戦えればまだ楽だろうが、それでもこの相性の悪さは変わらないだろう。
さらにいやらしいのが敵の思考だ。ジンたちを強行に始末しようとは考えず、下手な反撃を食らわないことを大前提にして敵は戦っていた。
ウルスラグナが、未だに直撃と言えるほどの攻撃を浴びせかけられていないということが、その何よりの証拠だった。


敵は待っている。ジンやリアが痺れを切らして自らのところに真正面から向かってくることを。
裏を返せば、それは無防備な相手ならば、確実に処理できるという自信の表れでもある。
寸前まで敵の後を追って飛び上がろうと考えていたジンにとっては、その仮説はまさしく恐怖そのものでしかなかった。


レーダーから見ればこちらの位置は丸見えだ。それでもウルスラグナは大通りをなるべく避けて移動を続ける。
牽制代わりにバズーカを数発放つが、直撃は最初から見込んでいない。何事もなかったように頭上を飛び回る敵に、
苛立ちを隠せなくなるジンだったが、吹き出しそうなその憤懣を抑えつつ、さらに敵の視界から逃れようとする。

「ねえ、ジン。あなたでも、どうにかできないの?」
「どうにかしたいけどさ。俺だって逃げるだけで手一杯なんだよ」

縋るような声が不意に聞こえたが、ジンはろくすっぽに考えずに応えてしまう。
助けを求めることなど、彼女にとっては不本意極まりないことだっただろう。
にも関わらず、それに応えてやれることもできない自分にジンは心底絶望した。

「くそっ! こんなやつ、こんな場所じゃなければどうってことないのに……!」
「弾切れを狙うとかは?」
「たぶん、無理だね」

冷静に状況を分析して、ジンはわらにも縋りたいというリアの感情を否定するような言葉を口にした。
こちらがぼろを出すのをひたすらに待つような敵だ。残弾数を忘れて行動しているとは思えない。
むしろ残りが少なくなればなるほどに、こちらの首が危うくなっていくだろう。決着を付けるなら、そうなる前しかない。

「そんな……」
「頼むから諦めるなよ、リア。それから変なこと考えるのも禁止だ。間違っても斬りに行こうとか考えるな。とにかく今は逃げ続けるんだ。それしかないって」

己の思考と矛盾した言動だったが、普段の強気とはかけ離れた今のリアの声を聞いてしまえば、これ以外に選択肢はなかった。
最悪の手段としては、アゼルたちに助けを求めることだが、それだけは絶対にしてはいけない。
彼らの戦いを邪魔するなど、それこそ愚の骨頂だ。これはあくまでアゼルの戦いであり、端役の自分たちの安全は二の次だ。

「こんなことあいつに言ったら――」

間違いなく殴られるだろうな。最後まで言おうとしたが、それは敵の爆撃によって阻まれてしまった。
口元に浮かんでいた自嘲的な微笑みもその拍子にどこかに行ってしまった。あいかわらず表面装甲が焦げる程度の軽微な被害。
ディスプレイに浮かぶ何度目かの報告を目にしながら、ジンはそして新たな避難地点目掛けて機体を走らせようとした。

「なっ!」

だが、今回はいつもと様子が違っていた。ウルスラグナの目の前に何かが浮かんでいる。
ACの頭部ほどの浮遊物だったが、どうやらそれは正面だけに展開されているわけではないようだった。
確認できるだけでも、ウルスラグナの正面と頭上にそれぞれ二機。併せて四機の浮遊物体が、揃って紅色の機体に銃口を向けていた。


数拍の間を置いて、ACの銃器と比べれば遥かに可愛らしい銃口から、理不尽なほどの数の光条が迸った。
自律型支援兵器。淡い緑の閃光を無数に浴び、ようやくけたたましい警告音に包まれたコクピットの中で、ジンはその正体を悟った。


オービットと称されるこのタイプは、ロックオンを必要としない固定型だろう。
いつのまに仕掛けたのかという疑問は後回しにして、彼はとにかくこの無慈悲な弾幕の嵐から逃れることを優先させた。
だが、最も近い交差点に入ろうとした瞬間、彼は思わず言葉を失ってしまうような光景に遭遇する。


オービットの追撃から逃れるために曲がろうとしたその先には、別の自律兵器があった。
あらかじめ彼が来ることを予想していたかのように、それはさも当然のように置かれていたのだ。


数を減らすどころか、さらに増加した自律兵器の弾幕に、ウルスラグナの装甲がさらに削り取られていく。
オービット自体の燃料は大した量ではない。もって数十秒が限界だ。
その数十秒が、今のジンにとってはとてつもなく長いものに感じられた。このまま移動を続けても、損傷はさらに深まるだけ。
逃げることすら封じられたかと舌を打ったジンは、最後の手段として、やむを得ず機体を浮かび上がらせようとして――。

「……っ!」

そしてやめた。やめざるを得なかった。

「そういうことかっ!」

飛び上がろうとした瞬間、彼は敵の思惑に咄嗟の機転で気づくことができたのだ。
そして彼は何を思ったか、即座にグレネードランチャーを展開させ、近くの建物に向けてそれを撃った。
爆炎が弾け、その衝撃とともに粉々に砕けた建物の破片は、ちょうど低空で這っていたオービットを巻き込みながら地上に降り注いでいった。


近距離で起こった猛烈な爆風がウルスラグナの装甲も削り取るが構ってはいられない。
次いで彼は、左腕のマシンガンを構えると、残った固定砲台の方角に向けて闇雲にそのトリガーを握った。
マガジン一つ分を丸々撃ち切るところで、残っていた二機のオービットの内の一機を落とす。残りはその後燃料が尽きたのか、自然に地上へと落ちていった。


これが敵の狙いだった。閉所にオービットを無数に設置し、相手の逃げ場をなくす。
前後左右を包囲され、耐え切れなくなった敵が求める場所はただ一つ、上空だ。けれども飛び出したが最後、
どこかで身を隠しているであろうあの逆関節が、無防備に巣の中に足を踏み込んだ餌を容赦なく刈り取っていく。そういう算段だったのだ。


滲んだ冷や汗がまだ止まらない。このまま気づいていなければ、間違いなく彼も敵の術中に嵌まっていただろう。
肩でどうにか息をしながらも、ジンは自分の咄嗟の判断を振り返った。とにかく滅茶苦茶な手段だったが、
どうにかオービットを片付けることはできた。これでもし銃器の類を持っていなかったら今頃はどうなって――。

「って嘘だろ、おい!」

思考が止まった。息が詰まるほどの寒気が全身に走り、彼はそして無我夢中に吼える。

「リア! 駄目だ、飛ぶなっ!」

腹の底からあらんかぎりの声を吐き出し、通信機に向けて叩きつける。最悪の展開だ。
この罠が、ウルスラグナだけを対象としたものであるとは到底考えられない。
当然、アイギスにも同じ罠が仕掛けられていると思って間違いはないだろう。
そして最初の標的となったウルスラグナが飛び上がってこないとなれば、敵の思考はすべてアイギス一機に注がれてしまう。


悠長に敵を探す時間も、アイギスの元へ向かうこともできない。だからこそジンは叫ぶしかなかった。
アイギスには、ウルスラグナのような常識外れた手段を取ることすらできない。
リアが敵の罠に足を踏み込んでしまう確率は、それこそジンの何倍にも膨れ上がってしまうのだ。


だがその願いも虚しく、彼の視界には高々と浮かび上がる黄金の機体が映り込んでしまった。
駄目だ。再び声を張り上げようとしたジンだったが、直後、地上から二発の巨大な榴弾がアイギスに迫っていた。


擦れた声だけがジンの鼓膜を叩き、そして榴弾はアイギスの脚部に突き刺さり、
紅蓮の炎となって弾け飛んだのちに、アイギスを飲み込んでしまった。

「リアっ!」

想像以上に脆かったのか、爆炎の中から墜落していくアイギスの亡骸には下半身が存在しなかった。
上半身だけが重力の力に誘い込まれたのか、とてつもない速度で色褪せた黄金が落ちていく。
ジンの視界からアイギスの姿が一瞬で消え、そのすぐ後にずんという鈍い地鳴りが周囲一帯に響いていた。

「リア?」 

呼びかけても返答はない。当然だ。アイギスは落ちた。空中で敵の砲撃をまともに食らって下の市街地に墜落したのだ。
そしてジンはそれを見た。はっきりと見た。四肢が剥がれ落ち、ぼろぼろになった機体が抵抗することもなく地面に吸い込まれた瞬間を、彼は見た。

「おい、返事しろよ。なあ! 頼むって!」

何度呼びかけても結果は変わらなかった。彼女は死んだのだろうか。ありえない。人の死がこんなにもあっさりとして良い筈がない。
別れの言葉一つない今生の別れなど認めない。絶対に認めない。まだ自分は何一つ彼女に伝えていないのだ。
そして自分は人生を掛けた大勝負をする筈だった。その機会がたった今奪われてしまった。しかし、奪った奴を自分は知っている。

「あの野郎……」

ならどうする? 決まっている。奪ったものにはそれ相応の罰が必要だ。自分が犯した罪と同等の贖罪を。
はらわたが煮えくり返る。同じ空気を吸っていると思うだけで吐き気がする。許せない。絶対に許すわけにはいかない。

「殺す」

押さえつけていた仕切りが決壊し、様々な感情が濁流となって彼の頭の中に押し寄せる。

「殺してやる!」

その思考を最後に、ジンの視界が真っ白に染まった。耐え切れなくなった頭が取った緊急処置だろう。
その間、ジンは本能という緊急プログラムに支配される結果となる。彼の本能が命じるのは至極単純な指示。敵を殺せ。ただその一言のみだった。


殺意という明確な意思に基づき、彼はウルスラグナを浮かび上がらせ、己が屠るべき敵を探した。
居場所は敵自らが教えてくれた。地上から放たれたグレネードの先に、あの逆関節はいた。


今のジンにまともな思考は不可能だった。避けるという動作すら取らず、彼はマシンガンを敵に向ける。
だが、放たれたグレネードが左肘の部分に突き刺さり、マシンガン及び左腕、そして肩部のグレネードランチャーもろともが吹き飛ばされた。
それでもジンは止まらない。左腕を失うことなど些細なことだと言わんばかりに、今度は右腕のバズーカを構え、そして引き金を引いた。


迫る砲弾を跳躍することで回避した赤紫のACが、ウルスラグナと同じ中空に並ぶ。建物の屋上に器用に着地したウルスラグナは、
迷うことなく左肩のグレネードランチャーを構えようとする。が、一向にロックアラートが鳴らなかった。
彼は左腕が吹き飛んだ際に、グレネードランチャーまで外れていたことに気づいていなかったのだ。


手ごたえのないトリガーを狂ったかのように引き搾るジンだったが、その命令がもう存在しないところに届く筈もなく、
代わりに彼の元に届いたのは、致命的なその隙を見逃すまいとする敵の強烈な榴弾砲だった。


ウルスラグナの巨躯が建物の屋上もろともが、爆発による衝撃波によって弾き飛ばされ、
その際、四本ある脚部のうちの一本が、衝撃と飛び散る破片によって引き裂かれてしまう。
四本の足の一つが失われたことによる被害は甚大だった。ウルスラグナを地面に着地させるだけでも手一杯となり、
その後のバランス調整も間に合わない。その後、紅の機体が自らの自重を支えきれずに崩れ落ちていったのは、必然に近い顛末だった。


無心で操縦桿とコンソールを操り、応急処置を行っていくジンだったが、ウルスラグナはすでに限界を超えていた。
辺り一面を警告ランプの赤が咲き誇り、ブザーの音響は慣れすぎたおかげで、気にもならなくなっている。


あと一撃でも食らえば間違いなく終わりだ。それでもジンは残ったバズーカと敵に向けようとする。
だが、もはやまともな照準すら付けられなくなっていた。ああ、そうか。撃てないのならそれでもいい。
ならばミサイルでも何でもいい。誰でもいいから目の前の敵を殺してくれ。こいつはリアに手を出した。だから許さない。
だから殺してやる。しかし殺すなら一瞬では駄目だ。どうせなら一生分の地獄を味合わせてから、己の罪を存分に後悔させて殺して欲しい。

「頼むよ。誰か……」

掠れるような声で彼は呪いを唱えるかのごとく言った。すると奇妙なことが起こった。
彼の願いが通じたのか、どういうわけか彼の機体の後方から、本当に大量のミサイルが飛来したのだ。
数にしておよそ八発。横に一直線に並ぶような軌道を描き、赤紫のAC目掛けて推進剤を撒き散らしている。


敵はそのミサイルを察知するや否や、即座にブーストを切り、真下へ落下する。ミサイルの群れがその動きを認識し、
下方に進路を変えようとするが、真下へ落ちたかと思った逆関節は途中にあったビルの屋上へ足を掛けると、その場で再び跳躍。
絶妙な高度調節でミサイルの追随を嘲笑いながら、敵の機体はミサイルの全弾回避を難なく成功させていた。


どういうことだ? 奇跡とも言えるような信じがたい光景に、意識を現実に引き戻されたジンは、その一部始終を垣間見て混乱していた。
自分が勝手な望みを妄想していたことなどどうでもいい。問題なのは、どうしてこんなところにミサイルが飛んでくるのかということだ。


先程までジンたちを除いて他の反応はまったくなかった。ジンが気づけなかったと言えば、アイギスが落とされた間、
彼が一種の錯乱状態に陥ったときのみ。つまりこの反応はその隙にこの領域に飛び込んできたことになる。
ジンがありえない展開に首をかしげた瞬間、その答えが自ら飛んできた。文字通りに解答が彼の頭上を飛び越えていった。

「何なんだよ、これは? 何が起こってるんだ?」

全身を純白で染め上げ、装甲の隙間からは神々しいほどに壮麗な金色の装飾が見える。
そして両腕に握られた凶悪無比の機関銃。ジンの疑問の解答でもあるミサイルは右肩に備え付けられていた。
レイヴンと名乗る身分ならば知らないものはおそらくいない。それほどの存在が今、ジンの目の前に現れたのだ。

「まさか。これが、こいつがヴィルゴ、なのか?」

息を呑み、ジンはただその姿に見惚れるしかない。何故こんなところに最強の名を欲しいままにするヴィルゴとその機体、アイン・ソフがいるのか?
そして何故、自分と同じ標的を敵と認識しているのか? 様々な憶測を巡らせるジンを尻目に、
敵とヴィルゴ、その二つの意思がそして衝突し、弾け、大気を震わせる。そして、あらかじめ理解していたと言わんばかりに、唐突に戦闘を開始し始めた。


先に動いたのは逆関節だった。ふわふわとアイン・ソフの周囲を浮遊したかと思えば次の瞬間、無数の浮遊物がアイン・ソフを取り囲んでいた。
その白金のACは即座に異常を察知すると、迷うことなくさらなる上空へと跳躍し、直後に起こった三次元方向から襲い来るレーザーを掻い潜っていた。
洗練された挙動にジンは舌を巻く。出会い頭の戦闘にも関わらず、迷いが一切見えない動きは、やはりトップランカーにふさわしいものに思えた。


一瞬、的外れな方向に乱射されたオービットも、アイン・ソフを追うために銃身を上へと向け直す。
だがしかし、狙うべき白金の機体もうそこには存在していなかった。照準を定め直すコンマ数秒の間に、
アイン・ソフが急降下していたことなど、ただの機械でしかない自律兵器たちには理解できる筈もなかった。


だが逆関節は、その動きを完璧に捉えていた。予知でもしたかのように、逆関節は腕から砲弾を吐き出した。
あらかじめアイン・ソフが着地するであろう位置を狙い済ました一撃だ。
無慈悲に迫りくる二つの砲弾、とても避けきれるものではない。そして爆発。ジンの位置からはその一部始終を把握することができなかった。
直撃する。あくまで予想の範疇だったが、ジンは強く確信する。激しい轟音と炎の乱舞が視界に展開され、彼は不意に視線を逸らせた。


しかし、勝ち誇った素振りすら見せようとしない逆関節の姿が、その結末を如実に物語っていた。
何を思ったかその赤紫は、もう一度地面に足を付けると、自身の機体の特性である桁外れの跳躍力を生かし、再び上空に舞い上がったのだ。
バネの如き跳躍力と、高性能ブースターの恩恵を最大限まで受け取る逆関節が見据える視線は真下に向けられている。
だがまたしてもそこにはアイン・ソフはいない。榴弾の爆風を力に換えたのか、アイン・ソフはいつのまにか赤紫を飛び越えた位置で浮かんでいた。


一切の損傷を見せていないアイン・ソフに対し、逆関節は再びオービットを展開させ迎撃する。
空中では身動きが大幅に制限されてしまうため、その一撃は確実なものとなる筈だったが、アイン・ソフはここでも大胆な方法を見せた。


小型端末からの銃撃が開始されると同時にアイン・ソフは回避行動を一切取らずにひたすら下降を始めたのだ。
無論その間オービットの銃撃はことごとく白金の装甲という装甲を削ったが、敵の目の前にまで降りれば話は別だった。
つまり、アイン・ソフは自らを包んでいる不可避の結界の中に、あろうことかその張り手までをも巻き込もうとしたのだ。


そんなことはさせまいと逆関節がグレネードを放とうとするが、アイン・ソフは己の腕部で敵の銃口を逸らしそれを阻む。
と同時に、赤紫の周囲にも同等の自律兵器が展開された。固定型である敵のオービットに対し、白金のACが有するオービットはロックオンを必要とするものだ。
一度に放出できる数は、固定型のタイプのおよそ数倍はあり、一瞬で大量の自律兵器が逆関節とアイン・ソフを取り囲んでいった。


同高度で並ぶ両者を、二種類の自律兵器はともに認識できない。それらはだれかれ構わず射撃を開始し始め、
アイン・ソフそして逆関節の装甲を自由気ままに削ぎ落とす。薄緑に蒼までもが混ざり、空中で壮麗な弾幕の雨が空中で咲き乱れた。


自らの装甲を穿たれる予定などあるわけもなかった敵にとっては、溜まったものではなかったのだろう。
すぐさまブーストの光が消え、敵の機体が凄まじいスピードで降下していく。
しかし、主導権を握り始めたアイン・ソフにはそんな陳腐な離脱行動など大した問題ではないようで、
降下する逆関節に向けて、連動ミサイルを交えた計八発のミサイルが、上空から敵機体に向けて発射された。


空中の姿勢制御すら難なく行うアイン・ソフも異常だが、唐突なミサイル正射にも対応する敵もまた普通ではなかった。
地面と垂直に降下する自身の身体を、どういうわけか平行の形まで無理矢理補正した敵は、
あろうことか仰向けの状態で落下するというありえない行動を取った。当然、そのまま落ちれば命はない。


危険極まりないその体勢から、敵は上空に向け榴弾を放つ。反動がさらに落下速度を上げてしまったが、
その代償に、放たれたグレネードは進んだ先にあったミサイルの大群を突き抜け、驚いたことにその榴弾の一部がアイン・ソフに突き刺さる。


二つの炎の内、一発はかろうじて回避に成功した白金のACだったが、二発目が右腕に容赦なく突き刺さり、
空気を揺るがせる爆音とともに右腕及び、片方の連動ミサイルポッドが爆散し、荘厳だった白金の片翼が食い千切られた。


八発のミサイルもまた逆関節にことごとく命中し、上と下、二つの爆発がジンの目に映った。
互いに一歩も譲らない一撃だった。人智を超えた超反応でアイン・ソフは突如現出した火球を避けようと努めたようだが、
それでも間に合わなかった。音速を切り裂いて迫るグレネードがこのような展開で撃たれては、いかなヴィルゴと言えども回避は不可能だったのか。


当の逆関節はと言うと、自らの脆い装甲をズタズタにされながらも落下を続け、地面や建物とあと少しで接地する位置まで来ていた。
だがここで、敵は思いがけない行動を取る。まるで見当違いの方向へ両腕のグレネードを放ったかと思えば、
恐ろしいことに、その反動を利用して体勢を立て直し、次の瞬間には、何事もなかったかのようにビルの真上にすとんと降り立ってしまったのだ。

「あ、ありえねえだろ……」

すでに標的と認識されなくなったことを良いことに、ジンは今にも崩れ落ちそうなウルスラグナをどうにか動かし、
上空で繰り広げられていた戦闘を己の双眸に焼き付けながら、アイギスの墜落地点へとその歩を進めていた。
想像を絶した攻防を見ても、ジンは感想という感想を抱くことができなかった。
口元は終始開いたままで、自分では到底考えもつかないヴィルゴの動きを見るたびに、徐々に大きくなる一方だ。


勝てる気がしないというのはアゼルにも言えることだが、このヴィルゴというレイヴンは、そもそもの次元が違う。
ランク一位というカテゴリーのみでは、こんな違和感はまず抱かない。追いつく追い越すというような境界ではない。そんな気さえした。
アゼルと大してランクは変わらない筈なのに、二人を見比べたときのこの圧倒的な差異にジンは驚いた。


そのランク一位の怪物と互角に渡り合う敵も、また異端としか言えなかった。
初めから勝てる相手ではなかったのだと、ジンを妙なところで納得させてしまうほどに。
ランクにすら名を連ねていない――と言うよりアリーナに参加する気がないのだが――自分では到底相手になる筈もなかった。
武装だけを見て、余裕綽綽だったほんの昔を思い返し、ジンはこの上ない後悔に苛まれて一人舌を打つ。


だが驚いている場合ではなかった。彼にとっての優先事項はとにかくリアの安否を確認すること。
上で化物同士が戦ってくれるのなら、これほど好都合なことはない。
彼らがこちらに気を掛けていない間はジンも、そしてリアも一応は安全と言えた。


そう思っていた矢先、突如として赤紫のACが再度飛び上がる。
しかし、その行く先はヴィルゴのいるのとは完全な逆方向。グレネードランチャーをかざして威嚇はするものの、
そのままアイン・ソフとの距離をぐんぐんと離し、遂にはレーダーの索敵範囲内からもいなくなってしまった。

「逃げるのか、あいつ?」

まだ誰との決着をつけていないにも関わらず、敵は離脱してしまった。
どういうことだと不審に思うジンだったが、困惑する彼の傍らでレーダーがとある反応を示す。
いつの間にかアイン・ソフの視線がウルスラグナに向けられていると知り、彼は機体を上空のACに向け直した。

「大丈夫か?」

聞こえてきたのは、通信機ではなく外部スピーカーを介してのものだった。
攻撃されるかもとあらかじめ神経を尖らせていたジンだったが、他人の身を気遣うような発言に諭され、身体の緊張を解く。


だがおよそ人とは思えない高い声域にジンは少し疑問を感じた。若干耳障りなこの音は変声器によるものだろうか。
そのとき、彼の頭の中でヴィルゴの代名詞とでも言うべき亡霊という呼称が思い出された。
レイヴンという秘匿事項満載の職業に中にあっても、注目の的になるほどの機密だらけのレイヴン、それがヴィルゴという存在だった。

「大丈夫かと聞いている」
「あ、ああ! 俺は大丈夫、です。で、でも、あいつが! だから早く助けないと!」

ジンも同じくスピーカーで呼びかける。どういう態度で接していいのか皆目検討が付かず、彼は少し戸惑っていた。

「……あいつとは、あそこに倒れているACのことか?」
「ああ! じゃなくて。はい、そうです!」

滅茶苦茶になりつつある言葉使いにも、大して気に留めていない様子のヴィルゴは、彼の言葉を聞くと、
機体をアイギスへと寄せる。ジンも急ぎ、リアのもとへ向かおうとするが、思うように機体が動かず、焦りだけがから回りしてしまう。
三本足で歩かなければならないのが、まさかこれほどまでに辛いものだとはジンも思っていなかった。

「なるほど、自分の武器を使って減速させたんですね。……良かった」

独り言のように漏らすヴィルゴの、その人間離れした高音を耳の端で捉えたジンは、いてもたってもいられなくなり、
反応が極端に鈍くなった機体を無心で操作しながら、そして彼女の元へと辿り着く。アイギスは確かにそこにいた。
両足と右腕を失った状態でうつ伏せの状態で転がっており、もはや金色とすら呼べないほどに無残な姿を晒していた。
剥き出しとなった配線からは無数の火花が飛び散っており、それがACだと言われても簡単には信じられないほどの凄惨さがそこにはあった。

「リア?」

あまりに残酷すぎる光景だった。目の当たりにしたジンの身体から力がだんだんと失われていく。
一縷の望みさえ抱けない。その絶望的な状況に彼はコクピットの中でうな垂れるようにして肩を落とした。

「パイロットは無事だ。ちゃんと生きている」
「え?」
「落ちる際に、咄嗟に近くのビルに自分のロケットランチャーを突き刺して速度を落としたようだ。良い判断だな」

絶望の淵に立ちかけていた彼にとって、その言葉は何にも変え難いものだった。
よく見れば、立ち並ぶ建造物の中で、一つだけ奇妙な壊れ方をしているものがあった。
アイギスのちょうど隣に位置したその名残は、まるで何かで真上から叩き割られたかのような生々しい傷跡を残していた。

「ほ、本当か? リアは生きているのか?」

不意に示された救済の言葉に彼は必死の思いで縋りつく。

「ああ。ACは酷い有様だが、コクピットの生命反応はまだある。怪我はしているかもしれないがな。パイロットが出てこないのは、おそらく撃墜されたときの衝撃でコクピットが変形したためだろう。ACで抉じ開ければどうにかなる筈だ」

そう言い放ったヴィルゴは、アイン・ソフに残った左腕を器用に動かしてアイギスのコアに手を掛ける。

「お、おい!」
「安心しろ。別に殺そうとは思っていない。君が手を出すのなら話は別だが」

大して力が篭められていないのではないかと勘違いしてしまうほどに、
その左腕はコアの背部を易々と抉じ開け、内部に存在したコクピットを剥き出しにした。
何故彼女が生きているとはっきりと断言できる? ジンはそんな疑問が浮かばせていたが、彼は口にしなかった。

「リ、リアっ!」

ジンはそして、剥がされた装甲の隙間から、はっきりと人の形をしたものを目にした。何が起こったのかを理解していないように、
きょろきょろと回りを見渡す姿はまさしくリアだ。生きている。当たり前だ、生きていなければそんなことできるわけがないのだから。

「……感動の対面を邪魔してすまないが」

歓喜の涙さえ目尻に浮かべていたジンの傍で、ヴィルゴが真剣な口調で聞いてくる。
ジンは慌てた様子でヘルメットを剥ぎ取り、パイロットスーツの袖で目を擦った。

「ここにいるのは君たちだけか?」

足元のアイギスなどどうでもいいと言わんばかりに、アイン・ソフの眼光はウルスラグナのみに注がれていた。

「この先にもう二人いるけど」
「彼らから連絡はあったか?」
「いや、まったく」
「そうか。だからあの子は……」

言葉の端々から威圧感が滲み出ている。下手な発言一つで、いつ状況が一変するとも限らない。
ジンがヴィルゴのことを未だに敵なのか味方なのかの判別ができない理由がこれだった。
そんなジンの思惑などはいざ知らず、アイン・ソフはわずかに機体を停止させた後にすっと飛び上がると、

「救援要請はこちらからしておく。君たちはとりあえずACを降りて待機していろ」

とだけジンに告げ、赤紫のACが向かったのと全く同じ方向に進路を取り、そのまま機体を走らせていった。
嵐のような激動の一時が終焉を迎えるのと同時に、二体のACの周りには、そして静寂だけが残された。


一体彼らは何だったのか? と思うジンだったが、それから先は想像ができなかった。
検討がつかない議題を早々に捨て去った彼は、有無を言わさずにコンソールを叩いて、コクピットの部分をコアから排出させる。
背中から突き出たように飛び出したコクピットから、流れるような動きで外へと抜け出た彼は、
備えつけてあった降下用のワイヤーを説明書通りに器用に設置すると、そのワイヤーをするすると伝いながらウルスラグナから降りていった。


戦場跡だけあってか、むせ返るほどの硝煙の匂いはやはりひどいものだった。
何度か気管が悲鳴を上げ、激しく咳き込んでしまったジンだったが、そんなものは些細なものに過ぎない。
今は一分一秒も早く、リアを救い出さねばならない。その想いだけが今の彼を突き動かす唯一の原動力となっていた。


時を同じくして、ウルスラグナのコクピットではアゼルからの通信が届いていたが、それがジンの耳に届くことはなかった。



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